出所はしたけど仕事がない──。法務省によれば、元受刑者の再犯率は過去4年間で約30%。仕事がある人間に比べて約4倍となる。そんな中、新宿・歌舞伎町の居酒屋が打ち出した奇抜な再犯防止の取り組みに注目が集まっている。
のれんをくぐると、祭りばやしのBGMとともに、威勢のいいかけ声が聞こえてくる。
「いらっしゃいませ! どうぞ奥の席へ!」
とある週末、夜7時を回った頃に店を訪ねると、1階はほぼ満席。若いOL客やカップルが名物の餃子に舌鼓を打っていた。
「お待たせしました!」
生ビールを運んできた店員の顔をうかがいながら、「過去にどんな悪さを?」と、つい想像してしまう。というのも、この店のユニークな営業方針にある。何しろ店名が「新宿駆け込み餃子」。元受刑者が“駆け込める場”を作るために、一般社団法人「再チャレンジ支援機構」が企画し、4月24日にオープンしたのだ。
客商売の居酒屋が「前科者の積極雇用」を打ち出すのは前代未聞。だが、店は連日大入りの繁盛ぶりだ。
「おかげさまでお店は開店からずっと黒字。スタートダッシュに成功ですよ」
とは、同店をプロデュースした玄秀盛氏(59)。公益社団法人「新宿駆け込み寺」代表として、DVや借金トラブルなど警察が介入できない相談に乗ってきた。
「出所者に必要なのはコミュニケーション力を育む場。塀の中は私語禁止ですから、みんな無口で他人との接し方がわからず、つい手が出てしまうような人が多い。その点、居酒屋ならば人前で大きな声を出さなければ仕事にならない。再スタートを切るには最高の職場ですよ」(前出・玄氏)
現在は見習いを含めて3名の元受刑者が働いている。開業当初は夕方オープンだったが、現在はランチ営業も行っている。
「ゆくゆくは24時間営業にして、もっとたくさんの出所者に雇用の場を与えたい」(前出・玄氏)
厨房で皿洗いをしていたのは窃盗で2度の服役歴があるA氏(38)だ。
「出所後にハローワークで仕事を紹介してもらいましたが、犯歴を隠したまま面接を受けていいかと思い悩んでいました。そんな時にこの店を知り、私の全てをわかったうえで採用してくれた。期待に応えられるよう頑張りたい」(A氏)
出所者を応援したい─そんなリピーターの思いとともに、絶品料理が店をもり立てている。
「名物の餃子だけではなく、熊本直送の馬刺しも常連に人気の一品ですよ」
こう記者に勧めてくれたホール担当者B氏(30)には、傷害の前科があった。
「5月に拘置所を出たばかりです。面接を受けたら即採用していただきました。現在は自立支援のための施設に住まわせてもらっていますが、自分で住むところを見つけたうえで、正社員目指して働いていきたいですね」
フロアの壁には、店の運営をサポートしてくれる「支援会員」の名を記した木札が並んでいた。ひときわ目を引くのは、昨年11月にこの世を去った菅原文太の名である。
「文太さんは新宿の相談所の活動をずっと支援してくれていました。その時、この店の構想を話したら、『応援するよ。絶対に行くから』と言っていたのに‥‥。お店のオープン時には、亡くなった文太さんに代わり、奥様がアスパラ8キロを差し入れしてくれました」(前出・玄氏)
支援者リストには林芳正農水相、お笑いコンビ「カラテカ」の入江慎也などの名もあった。ちなみに一般の客でも、1万円から5万円の木札を購入することで会員になることが可能だ。その際、購入額と同額の食事券がもらえるシステムになっている。
「今はまだ考えていませんが、組を抜けて行き場をなくした元ヤクザでも雇えるような店も作っていきたい」(前出・玄氏)
歌舞伎町の新名所の名物餃子は従業員の“過去”も優しく包んでいるようだ。