公演は6月30日から7月2日まで、3日間で5回が開催された。現在の武道館のライブと違い、アリーナ席には観客を1人も入れず、警備員がずらりと並ぶ異様な光景だった。
実はビートルズが全11曲で約30分のステージだったのに対し、日本側の前座は1時間30分にも及んでいる。全国から集まったビートルズファンにとって、前座は“アウェー”の洗礼を浴びなかったのか──。
尾藤がこう答えた。
「それまで日劇ウエスタンカーニバルの3000人のステージは立ったことがあっても、1万人というのは想像もつかず、歓声が体にプルプルと響いてくる感じ。ビートルズだけを観に来ている人から『引っ込め!』って声も覚悟したけど、その2年前に『悲しき願い』がヒットしていたこともあって声援も飛び、あったかい雰囲気だったことに驚いた」
また尾藤は、内田裕也と2人で「極秘行動」にも出ている。日本人メンバーは出番を終えると強制的に楽屋に退去のはずが、警備員の目を盗み、そのままアリーナに居座った。
「いわゆるオーケストラピットにあたるところにパイプ椅子を置いて、2人で2回か3回は観ていたかな。そこは客席じゃないから、メンバーも気づいたんでしょうね。あれは日本のアーティストで前座やってたヤツらだなって。ジョージ・ハリスンが最後には俺と裕也さんに手を振ってくれましたから」
尾藤は“お忍び”だけでなく、プロモーターに招待されて客席でもステージを観る機会があった。有名な話だが、女の子の歓声ばかりで、ビートルズの歌がまったく聴こえない異常事態をリアルに体感した。
「1曲目の『ロック・アンド・ロール・ミュージック』が始まった瞬間から、1万人の声援が10万人にも思えるくらいにすごかった。俺たちがやっている日劇とはまったく違うんだなってショックを受けましたね」
ビートルズの来日を巡っては、各所で論争が繰り広げられた。そもそも会場である日本武道館の理事長が「武道の殿堂で、青少年の心身育成の場」であることを理由に、再三の断りを告げている。これに日本テレビなど主催者側だけでなく、ビートルズを生んだイギリスからの要望もあって、やむなく許可を出す。
またTBSの討論番組「時事放談」では、細川隆元氏らが差別用語も交え「やるなら夢の島(ゴミ処理場)でやれ」と、過激な反論を重ねた。
日本中を巻き込んだビートルズ論争は、圧倒的なファンの声によって来日に結びついたのだ。尾藤は、こんな異例の出来事も記憶している。
「まだ全公演が終わっていない7月1日の夜に、早くもテレビで録画中継がオンエアされていたよ」
日本テレビの特別番組「ザ・ビートルズ日本公演」は、関東で59.8%もの高視聴率を記録している。