人生80年時代から100年時代を迎えようとしています。そうした中で、70歳以上の方に気をつけてほしいのが誤嚥(ごえん)です。
食べ物を飲み込んだ際に、喉から食道を通って胃へ送り込まれますが、誤嚥とは何らかの理由により間違って喉頭から気管に入ってしまう状態を言います。その要因は加齢により飲み込む力が弱かった場合や、咽頭がんなどの腫瘍、あるいは認知症などが原因で引き起こされます。
人間の喉の下には気管と食道がありますが、本来、鼻や口から入った息は気管を通って肺へ、食べ物は食道を通って胃へ送られます。口の中に入れた食べ物は、唾液と混じり「食塊」と呼ばれます。この食塊を飲み込む時には、舌が後方へ向けて持ち上がることで食塊を喉に送り込みます。
同時に、気道は鼻からの空気を遮断して鼻腔への流入を防ぎます。続いて喉頭蓋が反射して「蓋」となり、食塊が喉頭から気管へ流入するのを防ぎ、正しく食道へ送り込みます。
この一連の動作を嚥下(えんげ)と言いますが、加齢により歯が弱ってかむ力が弱くなったり、嚥下に必要な筋力が低下したり、唾液の量が減ったりすると嚥下障害となります。
では、ここで問題です。誤嚥が起きた際に、むせるのとむせないのとでは、どちらが生命の危険となるでしょうか?
むせるというのは、気管に入った異物を出そうとする行為です。誤嚥した食塊を出そうとすべく「ハァ!」と勢いよく吐く──。これが「むせる」状態です。つまり「むせる」とは異物を排除していることであり、体にとっては非常にありがたいことです。
対して、むせない誤嚥は窒息死に直結します。誤嚥が引き起こす病気に「誤嚥性肺炎」があります。これは細菌が唾液や胃液とともに肺に流れ込んで生じる肺炎であり、高齢者の肺炎の約7割が誤嚥に関係しています。治療困難による死亡原因ともなっており、また再発を繰り返すのも特徴ですが、誤嚥を繰り返すような人は食後、2時間ぐらい座位を保ったり、日常的に口の中の雑菌を減らすなどが予防策となります。
正月になると老人が餅を喉に詰まらせて死亡するというニュースを耳にしますが、これは歯がなかったり入れ歯のため、食べ物をまる飲みした結果、餅の塊が気管に入ってしまう誤嚥の一種です。餅を食べやすいように小さく刻めば起こりにくくなりますが、もし周りで誤嚥が起きた際は速やかに救急車を呼び、その間の対処法として背中を叩くなどいくつかの方法があります。
こうした誤嚥対策として有効なのは、強く息を吐く練習をすることです。イメージとしては、和田アキ子さんのモノマネする人が「あの頃は~」と歌う時に「ハァ!」とシャウトする発声が一番です。まるで大声を出すように息を吐くだけで、詰まった食べ物は飛び出すでしょう。
さらに不安な患者さんには、誤嚥予防にACEという老人用の血圧薬を用いる場合があります。ACEは心臓や腎臓を守る効果があるなど、とてもいい薬ですが、唯一の欠点は咳が出ること。咳中枢に直接効くため、高血圧の患者さんが使って原因不明の咳が出ることが多いのですが、咳が出やすく喉に異物がつかえてもすぐに出してくれるため、副作用を逆手に取り、誤嚥性肺炎の危険がある老人に、あえて処方する手もあります。
誤嚥は年齢を重ねれば誰にでも起こりうる症状です。慌てず息を勢いよく吐くということを覚えておけば、大事に至らないケースがほとんどです。
■プロフィール 秋津壽男(あきつ・としお) 1954年和歌山県生まれ。大阪大学工学部を卒業後、再び大学受験をして和歌山県立医科大学医学部に入学。卒業後、循環器内科に入局し、心臓カテーテル、ドップラー心エコーなどを学ぶ。その後、品川区戸越に秋津医院を開業。