一方、10代のデビューから脱ぎまくっていたのが浅野温子(55)だ。
まずは、若松孝二監督の「聖母観音大菩薩」(ATC)で魅せた一糸まとわぬシーンからお届けしよう。まだあどけない表情の浅野は女子中学生役ながら、暴漢に襲われて死ぬことを決意。海辺の小屋の中で、神社のアルバイトで着ていた巫女衣装を脱いでスッポンポンになると、「抱いて」と同級生に懇願する。バスト全開の濡れ場では、
「もっと激しく、忘れさせて」
などと叫びながら激しいシーンを繰り広げるのだ。
このあと80年代に入り、「スローなブギにしてくれ」(81年、角川)、「陽暉楼」(83年、東映)、「薄化粧」(85年、松竹)と、トップ女優としてメジャー作品への出演が続いた浅野だが、脱ぎっぷりのよさは変わらなかった。
それでも、70年代の浅野を推すのは映画ライターの松井修氏だ。「聖母──」の翌年に公開された「高校大パニック」(にっかつ)で、浅野の役は立てこもり犯の人質となった女子高生。浅野のトレードマークのワンレンヘアはいっそう艶やかに輝いて見えた。
「撮影時に実際に高校生くらいの年齢だったというのが、何ともそそる作品です。映画では片方の乳房が映るだけですが、制服の似合う美少女のチラリズムヌードに、10代ならではの汚れない肉体と純真さがあふれています」(前出・松井氏)
同じく70年代に脱ぎまくっていたのが原田美枝子(57)だ。デビュー作「恋は緑の風の中」(74年、東宝)ではネグリジェ姿でその巨乳ぶりを見せつけ、長谷川和彦監督のデビュー作「青春の殺人者」(ATG)では親殺しの罪を犯した恋人・水谷豊を裸で癒やすのだ。
「大きく前に突き出た美しい巨乳の持ち主で、ヌード出演作は多いが、この映画でもみずからスパッと全裸で現れ、共演の水谷豊に見せつける場面があります。日本人らしからぬ堂々とした脱ぎっぷりで、迫力満点のオッパイは10代ならではの補正不要の張りのよさでした」(前出・松井氏)
アイドル全盛期の80年代になると完脱ぎする女優が減少するが、それでも脱ぎまくっていたのが工藤夕貴(45)。相米慎二監督の「台風クラブ」(85年、東宝)でオナニーシーンを熱演したばかりか、「本場ぢょしこうマニュアル 初恋微熱篇」(87年)ではセミヌード、アメリカ映画「ミステリー・トレイン」でみごとな完脱ぎを果たす。エルビス・プレスリーの聖地・メンフィスの安ホテルの一室で恋人とアツいメイクラブを繰り広げたのだ。
「ベッドシーンでは、小ぶりながらもビクッと屹立した乳首が印象的です。若さゆえの躍動感を感じます。また、乳首を吸われている時に、感じながら髪を振り乱すしぐさは10代とは思えない。見た目は二の次で、快楽優先とも取れる女の業が体中からにじみ出ています」(織田氏)
10代ならではの性の盛りがかいま見えるようだ。