小池はポスターのコピーも考えた。
「イチロー、命賭けます」
強面の小沢が、「命賭けます」というと、ドスが効きすぎるかもしれない。だが、それくらいのインパクトを与えたほうがいい。
ポスターのイメージは決定したが、いざとなって権利問題が発生して、ケチがついても困る。
小池は、使用する写真の版権を持っている集英社「バート」編集部に断りを入れ、パ・リーグのオリックス・ブルーウェーブ球団にも電話を入れた。「イチロー」という表記が、当時所属していたイチローの権利などに抵触しては困る、と思ったからである。
小池の持つ危機管理能力が、落とし穴となりそうなところをすべて塞ぎ、ポスターはわずか3日で色校の段階までに仕上がった。
小沢は、羽田が出馬表明をした12月8日、新進党役員室で出馬を促すグループの議員たちに打ち明けた。
「自分自身として気持ちの整理ができ、割り切れた。できれば、皆様のご要請に応えたい」
そして小沢はいきなり、十か条の政策を発表した。その中には、消費税を3%から10%に引き上げる、といったことまで書かれていた。小沢を担ぎ上げようとしていたメンバーは、慌てに慌てた。
「何も、選挙に不利になることまで書かなくてもいいのではないか」
が、小沢は、頑として聞かなかった。
「党首選とはこういうものだ。あくまでも政策で戦うんだ」
小沢の出馬表明は、12月11日、大阪中之島にあるロイヤルホテルで行われることになった。
小池は、記者会見場に飛びこんだ。マイクを置いたテーブルの後ろにある金屏風を見て、思わず顔をゆがめた。
「何これ。センスがない」
準備を進めた西川太一郎が訊いてきた。
「そうですか」
「そうよ。こんな大時代的な‥‥取り払ってしまいなさい」
「でも、後ろに何もなければ寂しいじゃないですか」
「だからこれを貼るのよ」
小池は、ポスターの色校を手にしていた。小池は、色校段階である小沢一郎のポスターの余白部分をハサミで切り落とし、金屏風を取り去って壁に貼った。
記者会見のテレビでそのポスターを見た羽田陣営の石井一は度胆を抜かれた。
〈かなり前から小沢は立候補を決意して、密かに準備を進めていたな‥‥〉
しかも、あくまで敵対するのは現党首の海部俊樹だと考えていた。小沢の立候補は計算違いだった。
小池は、それ以後の小沢の選挙の動きを見て、舌を巻いた。
いざ選挙戦となると、小沢は国会議員の名が記されたリストに「○」「×」「△」の印をつけた票読みに熱中していた。小池は、その姿に、「選挙のオザワ」の顔を見る思いだった。
〈田中派、経世会軍団の選挙はこうするのか。私たちが日本新党でやっていたのは、クラブ活動みたいなものだったんだ〉
それぞれの地域の押さえ方の巧みさから始まって、まさに選挙のプロ集団、選挙の神様と言ってよいほどだった。
新進党の顔である小沢一郎の党首選挙ポスター撮影のために、小池が小沢のネクタイを選んだことが、マスコミで面白おかしく取り上げられたことがあった。
小池の秘書の中山恵子によると何のことはない、衣料関係の貿易商を父親に持つ小池のファッションセンスが、田舎政治家然とした小沢のファッションセンスを許せなかっただけのことである。
ネクタイ1つといえども、「小沢一郎」という日本の政治を左右する男の宣伝である。プロデュース技術、アピール技術に精通していた小池が、口をはさめずにおられようか。
小池のプロデュース能力は、キャスター経験も影響しているのか、一般国民の目線をきちんとキャッチしている。とはいえ、それとて大衆迎合ではない。“大衆適合”なのである。小池は、適合させるためには何が必要なのかを常に考えていた。
小池の応援もあり、この党首選で、小沢は羽田を破り、新進党の党首の座に就いた。
大下英治(作家):1944年、広島県生まれ。政治・経済・芸能と幅広いドキュメント小説をメインに執筆、テレビのコメンテーターとしても活躍中。政治家に関する書籍も数多く手がけており、最新刊は「挑戦 小池百合子伝」(河出書房新社)。