奇跡の逆転優勝から1カ月半──。東の正横綱の座に就いた稀勢の里が、満身創痍で夏場所に挑む。約1年ぶりの賜杯奪還にかける白鵬、大関取りに挑戦する高安にファンの注目が集まる中、「未完の大器」が入幕を果たした。待ったなしで初日を迎える五月場所は、この「五人の無双」から目が離せない。
3連覇を狙う横綱・稀勢の里(30)は5月1日、この日の番付発表を受けて会見し、負傷した左腕や左胸の状態について、
「痛みはほとんどない。下半身を中心に基本に戻って徹底的に稽古をやってきた」
と述べたものの、申し合いなどは行っていないことを明かした。
相撲ジャーナリストの中澤潔氏が言う。
「稀勢の里のケガで思い出すのは、かつて横綱・栃ノ海が対戦中、右上腕の筋肉を断裂してしまったことです。ケガしたところを押せば肌が直接骨に当たるほどの重傷で、結局、これが引退の原因となってしまったのです」
そのうえで、中澤氏はこう言って横綱を気遣う。
「稀勢の里が出てくれば、彼を中心に土俵が動いていくが、1日の会見を見るかぎり、強がりを言っているように聞こえました。ケガを乗り越えられればいいが、悪化させないよう、ここは一場所休んだほうがいい」
実際、稀勢の里は3日の横綱審議委員会による稽古総見を休んでいる。年に1度の一般公開イベントだけに、開場前の午前6時50分には2538人が並ぶほどの大盛況。しかし、お目当ての日本人横綱は現れず、春日野広報部長(元関脇・栃乃和歌)は、
「連絡? なかった。無断欠席? そういうことだね。理由はわからない」
と声を荒らげた。当の本人は部屋で稽古を終えたところで「無断欠席」のニュースを知り、「俺もびっくりした」と困惑しきりだった。
協会幹部からの問い合わせを受けた現在の師匠、田子ノ浦親方(40)=元前頭・隆の鶴=は、大慌てで八角理事長(元横綱・北勝海)に電話で報告。だが、実は、稀勢の里は2日夜、親方と相談して稽古総見の欠席を決断していたのだ。
「言わなきゃと思っていたんだけど。僕の不手際で迷惑をかけてしまい、申し訳ない」
師匠はそう弁明したが、師弟の仲がうまくいっていないことを物語る、信じられない凡ミスではないか。
元NHKアナウンサーで相撲ジャーナリストの杉山邦博氏はこう話す。
「稀勢の里の責任感の強さには感服する。本人は生真面目すぎるほどで、100%夏場所には出場して全力で臨むでしょう。ただ、ケガの回復具合は土俵に上がってみるまではわからない。出場によって悪化しようとも大事を取ることはないと思いますね」
一方、東京・中野駅近くで整体治療院「ごっつハンド」を営む元小結・三杉里(元二子山部屋)は、
「稀勢の里のケガは千代の富士さんもやったことのある前腕二頭筋の部分断裂でしょう。このケガは相撲界でも手術しない人が多いんです。稀勢の里にとっては、左からのおっつけは最大の武器。しかし、今場所に関しては、鋭い踏み込みから前へ出る速攻相撲に徹するべきです。腕を使えない分、足で稼ぐしかない」
と、兄弟子の隆の里(13代鳴門親方)が生前、厳しい稽古で育て上げた横綱にエールを送る。
「スピード相撲」への緊急改造で活路を見いだすか、それとも従来の“横綱相撲”に徹するのか。いずれにしても、ファンは回復を信じるしかない。