83年に結婚した2人だが、風間は関根によるドメスティックバイオレンスに苦しめられていた。風間の連れ子に対しては、何も着せずに玄関のコンクリートに正座させ、膝の上にブロックを3つも4つも載せるなどの虐待も行っていた。
さらには、関根は3人もの女性と不純な関係を繰り返していた。関根に対する愛情は冷め果て、ただ恐怖から別れを切り出せない状態だった風間。92年頃から、風間は仕事で知り合った男性と交際を始めるようになっていた。
そのやさきの92年12月、2人が経営するペットショップ「アフリカケンネル」に税務調査が入る。この件を契機に、弁護士からのアドバイスで、不動産名義を風間に移すために、2人は偽装離婚。
だが、風間の本音は別にあった。風間は、課税を逃れる偽装離婚だと関根に信じさせ、年が明けた1月、ようやく離婚届を提出。籍を抜くことにこぎつけたばかりか、実際に別居が実現し、自由な生活を謳歌することに成功する。
それまで関根は風間に対して、財産目当ての結婚だと言ってはばからなかった。だが別居後、「離婚してこのままだと、自分の手元には残るものがない」という不安を、関根は知人に漏らすことがあった。
この時点で、風間との離婚は単なる偽装離婚ではなく、事実上の“破局”を意味していたことに、気づき始めたのだ。そこで関根は一計を案じ、共犯という軛(くびき)でつなぎ止めるために、犯行に巻き込んだという見方が成り立つ。事実、それ以降、風間は関根の支配下に戻り、やがては同居にまで戻ってしまったのだ。
実は、風間の主犯説を唱えているのは、他ならぬ関根である。起訴の骨格をなす供述をしたのは中岡だが、風間が殺人の共犯であると供述したのも関根だった。
逮捕された当初、「被害者は4人とも自分が毒を飲ませて殺害した」と関根は供述していた。それが、「風間が殺害に関わっている」「自分が殺害を言いだしたことを風間が黙認した」などと変遷し、95年1月26日の取り調べでは、殺害を言いだしたのは風間であるとの供述に至ったのだ。
関根の供述の変化の“決め球”として取調官が突きつけたのは、風間に別の男性がいるという、関根の知らなかった事実だった。
埼玉・愛犬家殺人事件では、関根と風間が共同経営する「アフリカケンネル」と犬の売買を巡ってトラブルのあった男性が、最初の犠牲者となっている。
それ以降、関根と風間には、捜査員の尾行による行動確認がなされるようになっていた。皮肉なことに、犯行時の行動確認には成功しなかったが、風間が関係のあった男性とホテルに入ったことは、確実に捉えていたのだ。
判決は関根の供述を「その内容が著しく変遷しているのであって、極めて不自然であり、結局、その弁解内容全体が全く信用できないものと言うほかはない」と評している。だが、その部分の供述だけは信じて、風間を殺人の共犯とした。まさに風間は“推定有罪”なのである。
風間は現在、2度目となる再審請求を行っている。1度目の再審請求は、事件当日の捜査官の監視記録による車の動きが、中岡の供述とは食い違い、風間の供述と一致しているという内容。だが、捜査官がボーッとしていて監視が正確でなかったというのが棄却理由だ。
事件から裁判、そして再審と、複雑に絡み合った全貌は、6月に私が上梓した「罠~埼玉愛犬家殺人事件は日本犯罪史上最大級の大量殺人だった!」(サイゾー)で明らかにしている。
獄中から伝わってくる風間の声が、怒りではなく軽妙でさえあることに、当初、私は戸惑った。だが、この事件とつきあっていくうちに、そのわけがわかってきた。
風間にとっては関根と出会うことがなければ、巻き込まれることもなかった事件。怒りよりも嘆き悲しむ時期が続いたのだろう。今は何とか事態を打開しようと、淡々と努力を続けているのだ。
心臓に水がたまる「心タンポナーデ」を患い治療を受けていた関根は、今年の3月27日、東京拘置所で獄死した。
火葬に立ち会い、遺骨と遺品を受け取ったのは、関根と風間の実の娘だ。風間のために、父親に本当のことを語ってほしいと、彼女は2年前から関根と文通を続けていた。
一緒に立ち会った弁護士は、「博子さんに役立つものが遺品にあるといいですね」と娘に言った。
それを伝え聞いた風間は「自分に役立つものなどないでしょう」と言った。激しく言葉に現すことはないが、関根に対する恨みは、消えていなかったのだ。
●埼玉・愛犬家殺人事件とは●
1994年2月、埼玉県熊谷市にあるペットショップに出入りする人物が次々と亡くなるという事実が明らかになった。その渦中にいたのが、犬のブリーダーだった関根元と風間博子の夫婦だった。トラブルメーカーとして知られていた夫婦の周辺では計4人が死亡。「遺体なき殺人」として捜査は難航を極めたが、経営するペットショップの役員の供述などにより立件された。2009年6月に関根、風間両被告の死刑が確定。現在、風間死刑囚は2度目の再審請求を行っている。
ジャーナリスト 深笛義也