愛犬家連続殺人事件では、広域暴力団に所属する組長代行と付き人の青年も犠牲となっているが、その経緯も実に不可解と言っていい。
93年7月21日のことである。関根から「迎えに来てくれ」と言われた風間は、旧知である組長代行の自宅を訪れた。そこで遺体となった組長代行の姿に接することになった。さらに、風間が運転するバンの助手席で、後部座席にいた関根と中岡によって、付き人がヒモのようなもので絞殺されたのを見たとも公判の中で述べている。
その後、中岡の運転する乗用車が先導し、関根に命じられるまま、2人の遺体を乗せたバンを風間は運転し、群馬県片品にあった、中岡宅へと向かった。そして死体遺棄の現場となった中岡宅の風呂場で遺体の解体を始めた関根に呼びつけられ、「切りやすいように手を持ってろ」と命じられて従ってしまうが、すぐに「もういい」と言われ、その場を離れたという。こうした証言はいずれも公判記録を元に再現したものだ。
はたして、風間が遺体を乗せた車を運転したこと、少しでも遺体の解体に手を貸したことは、いずれも死体損壊遺棄罪にあたる。だが、主犯である関根と共謀があったわけではなく、殺害の現場に居合わせた恐怖の中で、死体損壊を命じられたにすぎないのだ。
それにしてもなぜ、関根はここまで大胆に犯行をすることができるのか? そこで行き着いた答えが、「ありきたりの殺人者ではない」というごく当たり前の結論だった。
それはさまざまな取材結果からも判明した。愛犬家殺人発生の9年前にも、関根の周囲から3名もの行方不明者が出ている。いずれも捜索願が出され、埼玉県警は大規模な捜査を行ったが、遺体はおろか関根の犯行につながる証拠は出ておらず、立件されていない事犯だ。この連続失踪事件に関根が関与していたとされるのは、死体損壊遺棄を手伝ったという共犯者が、時効が成立しているということで、詳細な供述を行っているからだ。その証言によれば、当時から関根は、遺体の断片をサイコロステーキほどのサイズに切り刻むという手法を確立しており、事件が顕在化しないことで、より犯行を大胆かつ冷酷に行うようになっていったというのだ。
こうした犯罪者は、海外では「シリアルキラー」と呼ばれている。自己の犯行を完全にコントロールできると信じ込み、犯行を続けている連続殺人者のことだ。仮に関根がシリアルキラーだとするならば、身内であり性格を熟知している風間を現場に呼びつけても何ら不思議ではない。なぜなら、関根は完全に風間を支配下においていたからであった。
●埼玉・愛犬家殺人事件とは●
1994年2月、埼玉県熊谷市にあるペットショップに出入りする人物が次々と亡くなるという事実が明らかになった。その渦中にいたのが、犬のブリーダーだった関根元と風間博子の夫婦だった。トラブルメーカーとして知られていた夫婦の周辺では計4人が死亡。「遺体なき殺人」として捜査は難航を極めたが、経営するペットショップの役員の供述などにより立件された。2009年6月に関根、風間両被告の死刑が確定。現在、風間死刑囚は2度目の再審請求を行っている。
ジャーナリスト 深笛義也