90年代半ば、ブラジルからやってきたジーコが、Jリーグでプレーをして引退を表明した頃、世の空気が、「ジーコ様、日本のサッカーのためにありがとう」的なもの一色に染まったことがありました。この時、ニュース番組の街頭インタビューで町のおばちゃんが、「ジーコは私の青春でした。ありがとうジーコ~~」と、涙を浮かべながら答えていた映像を目にした殿は、
「ウソをつけ! お前が青春だった頃、ジーコはまだ日本に居なかったろ。ジーコなんて知ったの最近じゃねーか。何を都合よく感動してんだ!」
と、いつもの“たけし節”でバッサリ切り捨てると、
「だいたい、何でもかんでも感動をありがとうじゃないよ!」
と、ダメを押したのです。
殿のこういった“その感動はそもそも怪しい”なる発言は、実によく耳にします。
前回の五輪でも、ある日本人選手が接戦の末に金メダルを獲得すると、やはり、世間の空気が「感動をありがとう」といったものになりました。この時も殿は、
「感動ばっかりもらってどうすんだよ。たまには感動を与える側になってみろってんだ!」
と、バッサリやると、
「スポーツでもお笑いでも何でもよ、やったヤツにしかわからない感動があるんだよ。そっちを想像したら、1回くらいはやる側になって挑戦したいと思うけどな」
と、“やってきた男”ビートたけしだからこそ言える発言を、しみじみと漏らすのでした。
以前にも、酒席にて、さんざんみんなでふざけまくった深夜、“ちょっとまじめな話”ができる空気に移行したため、何気なくわたくしが、「殿は人生がもう1回あるとしたら、やっぱり芸人を目指しますか?」と、そんな質問をあてると、実にまじめなトーンで、
「芸人になるかはわからないけど、また、何かをトライする人生を選ぶな。トライしてダメでもよ、“俺はこれだけやったんだ”ってのがないのはちょっと寂しいしな。これは昔からよく言ってんだけど、大江健三郎の『見るまえに跳べ』ってのが好きなんだよ。失敗したっていいの。1回でもいいから、後先考えず夢中になってやるものを見つけてトライしたってことが大事なんだから」
と、たけし信者ならご承知の、座右の銘をさらりと持ち出し、大変落ち着いたトーンで、しびれる発言を炸裂させたのです。
で、この時、場の空気が、“やっぱり殿はかっこいいな~”といった、“軽い感動”といったものに包まれると、そんな空気を切り裂くように、
「まーでもほんとのとこよ、大江健三郎の本は難しくて1回も最後まで読んだことないんだけどな」
そう瞬時に“落とす”と、
「よし。こうしよう。あと3時間だけ飲むか!」
と宣言し、もうそこから先は“明るく楽しくくだらない”宴会を、たっぷりと朝まで続けたのでした。
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◆プロフィール アル北郷(ある・きたごう) 95年、ビートたけしに弟子入り。08年、「アキレスと亀」にて「東スポ映画大賞新人賞」受賞。現在、TBS系「新・情報7daysニュースキャスター」ブレーンなど多方面で活躍中。本連載の単行本「たけし金言集~あるいは資料として現代北野武秘語録」も絶賛発売中!