テリー 上西さん、今34歳なんでしょう。まだまだ若いな。
上西 そうなんです。若いのに、いろいろな試練に耐えているんですよ。
テリー 見かけはもっと貫禄あるよね。おばさんっぽさも入ってきてるような。
上西 それ、ちょっと自覚もあるんですが(苦笑)。
テリー そういう部分も含めて、上西さんには、いわゆる普通の議員とは違うパワーを感じるんだ。だって、騒動が起こっても絶対に負けないもの。
上西 フフフ、何か言われたら、逆に前に出ていきますからね。今はどんな政治家でも、何かあったら、「体調が悪い」とか言って、すぐ隠れちゃうじゃないですか。ああいう態度は、どうかなと思いますから。
テリー それは、一つの才能だね。
上西 本当ですか?
テリー 例えば、浦和の騒動なんか、普通だったら布団かぶって、寝てごまかすよな。
上西 そうですね。でも、そういう知名度があるっていうことは、政治の世界では悪いことではないですから。むしろ知名度がなければ、議会で質問もさせてもらえないんですし、記事にもしてもらえませんしね。そこはメリットとして考えています。
テリー たくましいね。そもそも、上西さんはどうして政治家を目指したの?
上西 私、最初は会社員だったんですけれど、自分の給料明細を見たら、いろいろ細かく控除なんかがあるじゃないですか。「こんなに引かれてるのに、私たち、年金もらえないの?」って思った時、まず怒りがフツフツと湧いてきたんです。
テリー なるほど、それは大衆の正しい感情だよね。
上西 その頃、ちょうど「大阪維新の会」が熱狂的なブームを起こしていたんですよ。そのニュースを見て、「もしかして、この人たちは何かを変えられるのかも」と意識していたら、維新政治塾が開講されるという話が出てきて。当時は議員がどんな仕事をしているかさえ知らなかったので、「1回入ってみて、ちょっと勉強してみようかな」みたいな、気軽な感じで入ってみたんです。
テリー そのあと、すぐ公認候補になるよね。
上西 「上西さん、面接で公認出すよ」という話をいただいたので、「私を必要としてくれるんだったら、立候補しよう」と。
テリー スゴいね。あの時大ブームだったから、受講者なんて何千人といたでしょう。
上西 3500人ですね。結果的に、地縁血縁などのしがらみがなく、純粋に立候補できたのは2人だけだったんです。
テリー 何で上西さんが選ばれたんだろう。やっぱり美人だったから?
上西 そうそう、なんてことはさておいて(笑)、簡単に言えば、存在が目立っていたんだと思います。維新を世間にアピールする、強烈なアイコンが必要だったんでしょうね。
テリー でも、今はこんな感じになっちゃって。橋下(徹)さんもがっかりしているだろうね(笑)。
上西 橋下さんとは、一度キチンと話をしたいんですよ。そろそろ私の前に出てきてくれないかな。
テリー お、いいね。ぜひアサ芸の誌面でやりなよ。