13年程前。一時期、殿と二人きりで、タップダンスの稽古を週6日ペースでやっていたことがありました。
「ちくしょ! ジジイになったらピアノとタップのショーをやってやる!」
といった発言を当時よく漏らしていた殿は、仕事を終えるとまっすぐ自宅地下室の稽古場へ入り、「くぁっ! 足が動かねーな!」と、声を出しながら、床に汗を垂らし、恐ろしく真剣にステップを踏んでいました。で、2時間程やると、「じゃー寿司でも行くか」もしくは「今日は鰻でもとるか」となり、外食か出前で食事を済ますのが常だったのですが、ある日、
「何か店の飯も飽きたな。お前、鍋か何か作れねーか?」
と、殿よりリクエストが入ったのです。
当時は料理などほとんどしたことのないわたくしでしたが、〈殿に好かれたい〉といった気持ちから、「ハイ。鍋ぐらいならすぐにできますけど」と、何食わぬ顔で即答し、行くと必ずエロい奥様がいる南青山の高級スーパーへ出て、〈キムチ鍋なら大味でもごまかせるだろう〉といった目論見のもと、買い物を済ませて、思いっきりレトルトのスープを使用した簡単キムチ鍋をこさえたのです。そんな鍋を口にした殿は、
「やたらうめーな。何だお前、どっかで料理やってたのか?」
と、うれしい反応を口にされたので、こちらも、「ハイ。父が仕事でよく韓国に行ってたので、キムチ鍋はわりと得意なんです」と、よく聞いたら答えになってない怪しい理由を述べると、2時間必死に汗を流した後の、今思えば空腹で正常な判断ができなかった殿は、「だからか!」と、一人勝手に納得してはヒザを叩いたのでした。
で、その日から、「お前、今日もキムチ鍋いけるか(作れるか)?」といった殿からの催促が毎晩あり、結局、6日間連続して二人してキムチ鍋をつつく夜が続いたのです。さらに、
「うちの弟子に韓国から来た北郷ってのがいるんだけど、そいつの作るキムチ鍋がやたらうめーんだよ」
と、いつの間にやら、キムチの国からやってきた、留学生的たけし軍団であるといった事実無根の情報を、殿が積極的に流すようになり、わたくし、殿の友人知人の方からやたらと、「北郷君のキムチ鍋うまいんだってね。やっぱり本場は何か隠し味でもあるの?」と、どう答えていいのかわからない質問を浴びせられる困った事態に発展。さらにさらに、やはりこういった事態はほっとくとドンドンおかしなほうへ転がるもので、最終的に、殿がわたくしのいない所で、
「北郷のやつ、本当は北朝鮮からの脱北者で、韓国に渡って生きるために必死で料理を勉強したんじゃねーか」
と、キムチ鍋を作ったばっかりに、“トンデモ憶測”を立てられるまでになってしまったのです。
殿、ですからあのキムチ鍋はレトルトでして、わたくし、東京は北区生まれの所沢育ちです。ハイ。
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◆プロフィール アル北郷(ある・きたごう) 95年、ビートたけしに弟子入り。08年、「アキレスと亀」にて「東スポ映画大賞新人賞」受賞。現在、TBS系「新・情報7daysニュースキャスター」ブレーンなど多方面で活躍中。本連載の単行本「たけし金言集~あるいは資料として現代北野武秘語録」も絶賛発売中!