ひと頃、年間230日程、鍋を作っていた時期がありました。12年程前、殿の仕事終わりを待って、18時過ぎから殿と軍団の若手とでタップダンスの稽古をドカドカと2時間程やり終えると、決まって、「よし。じゃー飯にすっか」といった殿の声を受け、近所のスーパーへ買い出しに行くと、「鶏の塩ちゃんこ鍋」「豚のゴマ豆乳鍋」「カキと豚のキムチ鍋」等々、基本レトルトのスープを使用した“アル北郷お手製簡単鍋”を作り、鍋を囲んだ軽い宴会が毎晩繰り広げられたのです。
そういった時、殿がよく、
「2時間一生懸命稽古をしたから、こうやってお前らと酒を飲むんだぞ」
と、漏らしていたのを覚えています。
で、さんざん今までうまい物をたらふく食してきた殿ですが、料理素人のわたくしが作る鍋を「これ、うめ~な」と、文句を言うことなく口に運んでいました。たぶん、気を遣ってくれていたのでしょう。
そんな殿が、明らかにかなりハマッた鍋がありました。それは、偶然、テレビで作り方を見て作った、真っ白な「雪鍋」です。作り方はいたって簡単。塩ちゃんこスープの中に、タラと鶏と豚と白菜と水菜と椎茸をぶち込み、その上に、まるでフタをするように1本まるまる使ってすりおろした、たっぷりの大根おろしを載せるだけ。この雪鍋を初めて目にした殿は、
「何だ、今日はえらい気合い入ってるな。北郷料理長、これはどうやって頂けばいいのでしょうか?」
と、コントチックに聞いてきたのです。
「はい。大根おろしの上に、パラッと七味と万能ネギをかけて頂くと、白と赤と緑のコントラストが大変きれいですので、一度、目で楽しんでからお食べください」
と、大した修業も積んでないくせに、理屈ばかりは一丁前な、どこぞの新進気鋭の料理人気取りで説明すると、
「なるほど。一度、目で楽しんでから頂くわけですね。さすが魯山人も愛した鍋。う~ん、生きてて良かった! ってバカ野郎! つまんないことやらせんな!」
と、めったに繰り出さない長めのノリツッコミを入れたのち、いつもどおりに、「なかなかいけるな!」と、実に満足気に食したのです。
殿はこの雪鍋がよっぽどお気に召したようで、結局、それから5日続けて、雪鍋となり、さらにその後も、3日に一度のペースで雪鍋を食すのが定番となりました。そんなある日、殿の仕事が21時を過ぎるため、タップの稽古も宴会もなく、家でゴロゴロしていたわたくしの元に殿から直電が入ったのです。
「お前、今ヒマ? いやよ、あと1時間ぐらいで仕事終わるんだけどよ、タップはやらねーけど飯だけ食いに稽古場へ行こうと思って。そこで悪いけどよ、お前、先に行って、大根すっといてくれ!」
と、他の人が聞いたら、何のことだかさっぱりわからない指示が入り、わたくし、すぐに家を出ると、大根を買い求め稽古場へと走ったのでした。
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◆プロフィール アル北郷(ある・きたごう) 95年、ビートたけしに弟子入り。08年、「アキレスと亀」にて「東スポ映画大賞新人賞」受賞。現在、TBS系「新・情報7daysニュースキャスター」ブレーンなど多方面で活躍中。本連載の単行本「たけし金言集~あるいは資料として現代北野武秘語録」も絶賛発売中!