〈頭が骨まで熱くなる〉
そんな鮮烈なコピーが躍った「いつかギラギラする日」には、実に個性的な顔ぶれが集まった。ヒロインの荻野目は不倫相手が自殺し、それ以来の復帰作となった。ただし体調は万全ではなく、睡眠薬を飲んでも眠れない状態が続く。公開から10年後に上梓した「女優の夜」では、この作品を機に深作と深い仲になったと告白している。
もう1人、萩原たちから現金を奪う若者役の木村一八もまた、現場で周囲を手こずらせている。
「監督が銃を構える形を見せている。ところが一八は『カッコ悪いっすよ』って言って、素直に聞き入れない。深作さんも『俺の言うことが聞けないのか!』って感じになってきている」
萩原は間に入り、木村を呼び出して言った。同じ俳優だから一八の気持ちもわかるが、と前置きし──、
「俳優はフレーム全体を考えていないから、従ったほうがいいよ。つなぎのフレームは監督が知っているわけだから。言うことを聞いたら、後で必ずよかったとなるから」
萩原の説得に、木村も態度を変えたという。かつて「影武者」(80年/東宝)で黒澤明と勝新太郎の激しい衝突を見ている萩原にとって、映画は監督のものという思いは強かった。
そして劇中の萩原と木村はナイフによる一瞬の勝負となり、萩原が木村の喉を突き刺し、最後のセリフを浴びせる。
〈死ぬまで1、2分はかかる。24やそこらで死ぬんだ。最期に好きな歌でも唄いな〉
丸山のシナリオでなければ、円熟期に入った萩原でなければ出せないセリフであろう。同作品は深作にとって、90年代では唯一のアクション物である。カースタントも多く、一歩間違えば大惨事という危機がたびたび襲った。それでも監督として先に進もうとする深作に対し、萩原が歯止めをかけたことが2度あった。萩原自身、大病を患った直後の“思いやり”がそうさせたと言う。
深作と最後に会ったのは02年6月15日に亡くなった室田日出男の葬儀だった。ここで萩原は、深作のこんな弔辞を聞いた。
「魂も全部つぎ込んで早くに逝っちゃったね」
もしかしたら監督も危ないのだろうかと思ったが、それから約半年後に他界している‥‥。
さて映画は警察やヤクザとの壮絶なカーチェイスから逃れた萩原が、多岐川裕美が運転する車で街を走りながら終わる。車中からは銀行の看板が次々と見え、また“何か”がざわめいていく。このシーンに萩原のライブの名唱である「ラストダンスは私に」がかぶさるが、曲を提案したのは深作健太だったという。
「彼とはその後、谷崎潤一郎の『ナオミ』(痴人の愛)を一緒にやろうって話もあったんです」
まだ実現はしていないが、その「いつか」こそ、再び「ギラギラ」となる日だろうか──。
〈文中敬称略、次回は千葉真一〉