「ところが、北朝鮮は締めつけが厳しくなることを想定し、オーシャン・マリタイム・マネジメント社(以下、OMM)による『船舶会社1社につき貨物船1隻のみ』という戦略を進めて目立たないようにし、さらに貨物船を香港ミラエ社のような外国企業にあてがうことで自国船を外国船に偽装。いわば貨物船をロンダリングするなど、あの手この手で制裁逃れの手口を進化させていくことになります」
結果、北朝鮮のネットワークはさらに世界中に拡散し、捜査で照合すべき加盟国政府や企業、国際機関の件数は150カ所にまで及んだ。そして、訪ねた新橋のオフィスも、1カ月後の14年3月には、雑居ビルから忽然と姿を消していたという。
だが、古川氏は諦めなかった。無数に散らばるジグソーパズルのピースを埋めていくような作業が連日続き、14年7月28日、ついに国連安保理北朝鮮制裁委員会はOMMの制裁対象指定を発表した。安保理決議に基づき、OMMの貨物船やオフィス、銀行口座などが制裁対象に指定されることになったのだ。
「国連安保理の構成メンバーは常任理事国(米英仏中ロ)と、任期2年の非常任理事国10カ国を含む計15カ国。本会議で制裁決議を採択するためには、15カ国のうち9カ国以上が賛成し、かつ常任理事国のいずれもが反対しないことが条件となります。ところが北朝鮮への制裁は、中国とロシアの賛成が得られない。だからOMMへの制裁指定には非常に大きな意味があった。これを最大限に生かせばOMMだけでなく、世界中に広がる北朝鮮の武器密輸ネットワークを一気に壊滅できる可能性があり、北朝鮮の外貨収入に大きな損害を与えられるわけです」
だが、敵もさるもの。OMMの変身は驚くほど迅速かつ、大胆だったという。
「(制裁指定が発表された14年の)7月28日の時点で、OMMが自社で直接管理する貨物船は外国船籍を除いて、少なくとも14隻あった。ところがOMMは制裁指定直後から、所属する全ての貨物船の船名を変更し、所有・運航会社であるフロント企業も全て一新。結果、同年12月までの5カ月余りの間に、OMMは登記上、消滅してしまった」
とはいえ、これが「貨物船ロンダリング」であることは明らかだ。ならば「ロンダリング」された船も資産凍結の対象と見なされるのではないか。国連安保理の中でも意見が対立した。
「しかし、中国とロシアの見解は『運航・所有会社が変わった時点で、必ずしもそれがOMMの資産であると見なすことはできない。したがって、原則として資産凍結の対象から外されるべきで、証拠がない以上、自分たちに貨物船を捜査する義務はない』というものでした。つまり『貨物船とOMMの関係を立証したいのなら、自分たちの力だけで情報収集しろ。それができないならば、資産凍結どころか捜査すること自体お断り』ということ。結果、この行為は制裁逃れとは見なされず、貨物船の寄港は許され、差し押さえされることもありませんでした」