1月4日、「闘将」と呼ばれた名監督の星野仙一さんが膵臓がんで亡くなりました。がんが発見されたのは16年7月のことです。発見されてから1年半にわたって闘病していただけに、残念でなりません。
では、今回のお題です。日本対がん協会によると、16年度の部位別死亡数で多いのは、男女とも肺・胃・大腸がんがあげられています。中でも死因数トップの「肺がん」と「膵臓がん」、どちらがより悩ましい病気と言えるでしょうか。
現代の医学では、肺がんや胃がん、大腸がんは症例数こそ多いものの、早期発見ではほぼ治ります。手術でおなかの切開をしなくても、内視鏡を使った治療法で治せる場合もあります。それに対して、膵臓がんは、発見時に手術可能な状態である場合が3割程度の難しいがんと言えます。
膵臓は胃カメラや大腸カメラでは届かず、がんの発見がしにくい個所です。内視鏡で直接見ることができず、超音波検査でも消化管の中にガスがたまった場合に発見しづらくなります。
かろうじて、CTスキャンでは見えるものの、肝臓のような塊ではなく、筋子のようで形が定まっていないため、膵臓に腫瘍があるかが判断しづらいのです。
加えて胃がんでは胃の痛み、大腸がんでも下痢や血便などの初期症状がありますが、膵臓がんにはこうした自覚症状がありません。膵臓がんと診断された患者さんのうち、12%の人にまったく症状がないとの学会報告もありました。仮に早期発見できても、がん細胞がリンパ節や肝臓など周囲に転移しやすいがんでもあります。発見された時にはすでに、手術が困難な状態となっていることも珍しくないのです。
また、膵臓がんの手術は技術的にもトップレベルの難しさです。膵臓は、胃や十二指腸、総胆管、胆嚢など多くの器官に隣接しているため、それらを一緒に取らねばなりません。「見つけにくい」「手術しにくい」「切る部位が大きい」などの特徴があげられる、最も怖いがんと言えます。
最近は手術前に抗がん剤の投与や放射線治療によりがん細胞を縮小させるなどの治療法も研究されてはいますが、これも遠隔転移していると治療できません。まだ完璧な手術方法の確立には至っていないのです。
そもそも、膵臓は体内の老廃物を、胆管を通して腸に送り込む役割があります。膵臓がんが進行すると、この胆管が詰まって老廃物が腸へ排出されなくなり、胆汁の中にあるビルリビンという老廃物が体内にたまった結果、黄疸が起こります。さらに進行すると上腹部の痛みが重くなり、痛みが一日中続くようになります。膵臓の周囲には多くの神経が張り巡らされており、神経を侵されるために痛みも強くなるのです。
膵臓がんの危険因子として、膵炎・胆石・糖尿病があります。これらの病気を患うと発症率が高くなり、特に糖尿病の人が膵臓がんになる確率は、健康な人の1.8倍にも上ります。そのほかコーヒーの飲みすぎや喫煙、暴飲暴食、肥満などもあげられます。
適度に運動をし、肥満を防止しましょう。タバコを吸わず食生活改善をすると、さらにリスクを減らすことができます。また、膵臓がん患者の1割に、家族の中に膵臓がんを患った例があり、膵臓がんの家族を持つ人は、持たない人に比べて危険性が13倍もあるともされています。
個人的な意見ではありますが、がんの中でも膵臓がんだけは、手術や抗がん剤治療をするよりも、残された時間を充実させたほうがいいと感じています。治療によりクオリティ・オブ・ライフ(生活の質)を犠牲にするその時間を有意義に過ごすほうが‥‥と思わせるほどのがんなのです。
■プロフィール 秋津壽男(あきつ・としお) 1954年和歌山県生まれ。大阪大学工学部を卒業後、再び大学受験をして和歌山県立医科大学医学部に入学。卒業後、循環器内科に入局し、心臓カテーテル、ドップラー心エコーなどを学ぶ。その後、品川区戸越に秋津医院を開業。