昨年1月、古川氏は安倍政権の主要人物である政府高官と面談するため、永田町の総理官邸を訪ねた。手に握られていた6ページのメモには貨物検査特別措置法の改正、北朝鮮特定船舶に対する資産凍結措置、科学技術制裁など、直ちに講じるべき措置が8項目にわたってまとめられていた。
「私が『国連安保理決議の履行について、日本政府には重要な問題点が見受けられます』と指摘すると、高官は開口一番、『何言っているの? 日本はすでに完全履行しているでしょ?』との反応でした。関係省庁は『制裁は全て、ちゃんと履行しています』としか報告していなかったようです」
そこで古川氏が具体例を交えて説明。ようやく問題の重大さを察した高官は「まず調べさせます。安保理決議はちゃんと完全に履行しなければなりません」と調査を約束したという。
だが、安倍政権はその後、森友学園による国の補助金不正受給事件や、加計学園の獣医学部新設計画を巡る問題などの対応に追われ、話がうやむやになってしまった。そこで古川氏は自民党で行われた拉致問題対策本部の会合で、国連による北朝鮮制裁の実態と、日本の「抜け穴」について説明。結果、昨年4月、自民党拉致問題対策本部が作成した制裁強化のための提言が安倍総理に提出され、6月27日、安倍政権はようやく貨物検査特別措置法の政令改正を閣議決定。「いかなる貨物」であっても、検査・押収の対象とすることを決めた。つまり、「古川メモ」が法律を変える礎を作ったのである。
「それでも、日本が検査・押収できる貨物は限られています。北朝鮮の密輸業者は中国国内のフロント企業を通じて海外から製品や機械を調達し、そのまま中東やアフリカの『顧客』に輸出します。これらは『仲介貨物』と呼ばれます。国連決議では仲介貨物も押収対象ですが、日本では押収できない。貨物船検査法の政令に加えて、法律本体も改正しないと、決議は履行できません」
古川氏いわく、制裁というのは実務レベルで北朝鮮の首根っこを締め上げることが重要。といって、なにも経済を窒息させるのではなく、核やミサイル、通常兵器、使われそうな人、モノ、カネをきっちりと抑えて取り引きできないようにすることだという。
「北朝鮮は、新しい安保理決議が採択されるたびに反発して、核実験やミサイル発射実験を繰り返してきました。実は既存の安保理決議だけでも制裁措置を拡充できるのです。例えば安保理本会議ではなく、その下部組織の北朝鮮制裁委員会で対北朝鮮禁輸品目リストを大幅に拡充することができます。地味ながらも、かなり強力な制裁措置です。真綿で首を絞める──。目立たないので、北朝鮮としても大々的には反発しにくい。日本政府がやってきたのはパフォーマンス重視の『見せかけの制裁』。そんなものは不要です。まずは日本政府内に制裁の『司令塔』を設けて、法律を整備し、全省庁が一丸となって協力する。海外にも積極的に出ていって、制裁履行を実務支援することです」
当たり前のことをやり遂げることが、きわめて重要なのだ。