共同声明には盛り込まれなかったものの、問題提起がなされたという、北朝鮮による拉致問題。世界が注視した米朝首脳会談で、日本にとっての最重要課題はどう動き出したのか。そこには報道されない「密室の駆け引き」があった──。
「冒頭の撮影を許可された報道陣が退出し、通訳だけを交えた会談がスタートすると、アメリカのドナルド・トランプ大統領(72)はタブレットを取り出して動画を見せながら『北朝鮮の未来はこうなる可能性がある』と、金正恩委員長(34)に説明を始めました」
6月12日に行われた歴史的な米朝首脳会談の密室の様子をこう明かすのは、官邸関係者である。トランプ大統領が提示した動画とは、短い映画仕立てにした「北朝鮮のバラ色の未来」とでも言うべき映像。現在の閉鎖的な状況を脱し、西側諸国に門戸を開けばこんなふうな豊かな国になる──というストーリーだった。官邸関係者が続ける。
「会談の場であるシンガポールのような国になる、ということでした。独裁国家でありつつ、諸外国からの投資によって外貨も入ってくる。きらびやかで明るい未来が待っている、と」
朝鮮半島の非核化が最大の焦点とされたこの首脳会談で、日本にとっての重大テーマは、トランプ大統領が安倍晋三総理(63)に約束した、拉致問題の提起。そこに至るまでには「前段」があった。
米朝会談の実現にあたり、安倍総理はトランプ大統領に、拉致問題解決に向けての仲介、協力を要請。そして米政府が動き、北朝鮮と水面下での交渉を開始した。その結果、米朝会談に先立って5月31日に、ポンペオ米国務長官と北朝鮮・金英哲副委員長の会談がニューヨークで行われた。朝鮮総連関係者が打ち明ける。
「この時、金英哲氏からポンペオ氏に、北朝鮮が作成した報告書が渡された。それが日本人拉致被害者のリストであり、その生死と帰国させられるかどうかが書かれてありました。日本政府が認定した被害者だけでなく、特定失踪者も含まれていたそうです。この報告書はもちろんトランプ大統領にも見せられ、『これだけのリストがあるなら‥‥』となった」
その結果を、6月7日の日米首脳会談の席で、トランプ大統領が安倍総理に説明。それが「オレたちはここまで話を進めた。あとは(日朝の)両者で話し合うしかない」というものだった。
こうした事前の極秘交渉を経て行われたのが、米朝会談だったのである。
ここでひとつの疑問が浮上する。あの北朝鮮が作成したリストの信憑性──すなわち、拉致被害者、特定失踪者の生存調査の結果などをそのまま信用できるのか、ということだ。なにしろ過去、02年の「小泉訪朝」後、すでに死亡したと北朝鮮が発表した拉致被害者がその後も生存していることが判明したほか、死亡の証拠として北朝鮮が提出してきた遺骨が別人あるいは動物の骨だったりした経緯があるからだ。