野球はサッカーやラグビーといった時間制のスポーツではない。そのため、どんなに大差で負けていても、最後の1アウトを取られない以上は“逆転”の可能性が残されている。とはいえ、今年で100回の歴史を数える高校野球においてでも、いわゆる9回2死からの大逆転劇は非常にまれである。それでも過去に地方予選で勝利をあきらめなかったチームが、こんな奇跡を起こしていた。
2002年第84回夏の選手権の大分県予選。2回戦の緒方工と中津北の一戦でそのドラマは起きた。試合は天候不良の中行われ、2回裏に中津北が1点を先取すると3回表に緒方工がすかさず同点に。緒方工は5回表に1点、6回表に3点を追加すると、その裏に中津北も3点を返すという展開で序盤から点の取り合いとなった。そして7回表に緒方工が2点、その裏に中津北が1点を返し、8回を終了した時点で7‐5と緒方工が2点をリードしていた。
その間も、天候はますます悪くなっていく。そして迎えた9回表、緒方工の攻撃。この回雨が一層激しくなったこともあり、中津北の投手の制球が乱れ、一挙に7失点してしまった。これで5‐14。中津北にとっては絶望的な9点差がついてしまったのである。
そしてその裏の中津北、最後の攻撃もあっさりと2アウト。もはやこれまでかと思われたが、この土砂降りの雨は緒方工の投手にとっても同条件だった。手の滑りからか、ストライクが入らなくなったのだ。するとこの土壇場から中津北は四球絡みで2死満塁のチャンスを作ると、まずはタイムリーヒットで2点を返す。さらに5連続の四球で4得点。ここで次打者は四球を選びに行かず、打って出たのだが、これが裏目に出て当たりは不運にもショートゴロ。中津北の粘りもここまでで、ついにゲームセットかと思われた次の瞬間だった。何と緒方工のショートがこれを捕れず、エラーでさらに1点が中津北に入ったのである。これで12‐14。この段階で射程距離の2点差にまで迫った中津北の勢いは止まらない。最後は左中間を破る、満塁の走者を一掃する3点タイムリー二塁打が飛び出し、一挙10点。9回裏2アウトランナーなしからの9点差をひっくり返すというミラクル大逆転劇がこうして完成したのである。どんな状況でも決してあきらめなければ奇跡は起こる。そのお手本のような試合であった。
あれから16年。この試合に匹敵するような奇跡の大逆転劇を今夏、果たして見ることが出来るのだろうか。
(高校野球評論家・上杉純也)