その舞台は12月の阪神ジュベナイルフィリーズ(GⅠ)。武は社台ファーム生産馬、2番人気のダンスファンタジアに騎乗した。馬主は社台ファームが全面バックアップするクラブ法人、社台レースホースだ。
ダンスファンタジアは新馬戦と条件戦をそれぞれ北村宏司、横山典弘を鞍上に、1番人気を背負って連続圧勝。武に乗り替わった3戦目でいきなりGⅠ挑戦という期待馬だった。
レースを再生しよう。外枠14番のダンスファンタジアは、スタートしてしばらくは後方を追走。が、2コーナーから3コーナーへと向かうところで異変が起きる。いわゆる「引っかかった」状態の馬が一気に中団から先団へと加速、武はそれを制御しきれず、どんどん「持っていかれた」のだ。先の馬主は、渋い表情でこう話す。
「だから直線に向いた時には、もう脚が残っていなかった。馬をまったく抑えきれないまま、レースは終了してしまいました。以前の武なら(引っかかって行きたがる馬は)うまくコントロールして我慢させるか、あるいは後方から馬群に入れていた。もともと武は、引っかかる馬を無理やり引っ張るタイプの騎手ではありません。現役時代の岡部幸雄は『Easy,easy』と馬に話しかけながら、騎乗バランス、体重のかけ方を調整するなどしてなだめたといいますが、武もそれに近い技術を持っていた。でもこのレースで、引っかかる馬を御せなくなったことがわかりました」
名誉挽回のはずが、さらなる騎乗ミスの上塗りをするという、痛恨の結果を招いたのである。
照哉氏の怒りが増幅する中で、さらに追い打ちをかけたのは、その年の大一番、有馬記念(GⅠ)だった。
武が騎乗する予定だったローズキングダム(ノーザンファーム生産)が疝痛(馬の腹部痛)により出走取消の不運に見舞われ、しかも勝ったのは凱旋門賞でしくじったヴィクトワールピサ。鞍上は一流外国人騎手ミルコ・デムーロだった。
武とは対照的に先行策を取ったデムーロは4コーナー手前で先頭に並び、直線で真っ先に抜け出すと、後続馬の猛追を振り切ってゴールした。このレース運びを観戦した武の胸中には、はたしてどんな思いが去来したのか─。
年が明けても、不運は続く。1月のフェアリーステークス(GⅢ)に、アントニー・クラストゥス騎手が手綱を取るダンスファンタジアが出走。レース映像を見ると、やはりスタートして引っかかってしまった馬を、クラストゥスは力ずくでコントロールし、抑え込んでいるのがわかる。そうして内を走行しながら、4コーナー手前では先団の馬群にうまく誘導。直線では外からハジけるように抜け出し、2着馬に2馬身半差をつけて圧勝してみせたのだった。