騎手という職業には付き物の落馬事故が影を落としているとはいえ、前出の馬主は、「ケガをする前から成績が徐々に落ち、腕が鈍りつつあることに我々は気がついていた」
と話すのだ。その典型とされるレースがある。
07年4月の香港クイーンエリザベスⅡ世杯(GⅠ)で、武はアドマイヤムーン(ノーザンファーム生産)に騎乗、3着に終わった。後方2番手追走から直線で大外を回って追い込むも、届かず。JRA関係者によれば、「レース後、アドマイヤの冠名でおなじみの馬主、近藤利一氏は『何だ、その積極性のない競馬は!』と武を叱責したそうです。以降、自分の馬には乗せなくなった。前年12月の香港カップ(GⅠ)でも、アドマイヤムーンで同じような騎乗ぶりで2位だった。それから改善もなく順位を下げたことで、怒りが爆発したのです」
時を同じくして、プロ野球を引退して解説者となった大魔神・佐々木主浩氏が馬主登録。この佐々木氏が、「武包囲網」の形成に一役買っていたというのである。
佐々木氏は親交があった近藤氏とアドマイヤマジンなる馬を共同所有し、近藤氏の紹介で牧場関係者や調教師とパイプを築くなど、強豪馬の馬主になっていった。現在の所有馬には、阪急杯(GⅢ)とCBC賞(GⅢ)を勝ったマジンプロスパーや、桜花賞、オークス、秋華賞、エリザベス女王杯といったGⅠで全て2着というヴィルシーナなどがある。JRA関係者が続ける。
「以降、近藤氏の意思を尊重するのは当然の流れとなりました。だから佐々木氏の有力馬にも、武が乗ることは一切なかったのです」
さて、巨大生産者と有力馬主に距離を置かれた武の今後は、どうなっていくのか。
「社台グループの馬には絶対に乗れないというわけではありません。引っかかる馬に乗せるのは自殺行為だが、その心配のない馬であればOKも出る。今年は天皇賞・春でウインバリアシオン(ノーザンファーム生産)に、スプリンターズステークス(GⅠ)ではエピセアローム(ノーザンファーム生産)に騎乗しました」(前出・馬主)
さらに昨年末の京阪杯(GⅢ)と阪神カップ(GⅡ)では、社台ファーム生産で照哉氏が馬主のオリービンに乗っている。つまりは「条件付き」の騎乗復活なのだ。ここに「光明」があると、さる栗東トレセン関係者は言う。
「武は親しい厩舎関係者などには、『馬の質がよければ、強い馬に乗れれば、俺はもっと勝てる。リーディング(年間最多勝)もまだ獲れる』と意気込みを漏らしているといいます」
2012年の生産者リーディングはノーザンファームと社台ファームが1、2位を独占。馬主リーディングでも社台系クラブがトップ3を占めた。その強い意気込みでケガの後遺症を御しつつ往年の天才的な騎乗がよみがえれば、強豪馬を自在に操る姿が見られるのかもしれない。