思い出されるのは、浩二ジャパンが誕生した経緯である。
前中日監督の落合氏、現役監督である巨人・原監督やソフトバンク・秋山監督という本命候補たちがかたくなに就任を拒否した。
その間、野村氏は自身の監督就任に少なからぬ待望論があることを知り、
「文句なしに選ばれたらやりますけど、他に断られて困って回ってきたならやらない」
と、監督としての実績にプライドを見せながら、意欲を語っていたものだ。当時の状況を球界関係者が解説する。
「野村さんの愛弟子でもあり、前回大会で4番も務めた日本ハム・稲葉が『シーズンなら落合さんだけど、短期決戦で勝ち方を知っているのはノムさん』と話すほどチームの中心選手も望んでいた。メディアにしても、事あるごとに大放言でネタを提供する野村ジャパン誕生のほうが大会を盛り上げる意味でうまみがあったでしょう」
しかし、WBCの日本ラウンドは読売の主催。巨人や長嶋茂雄氏をコキ下ろすことで人気を博してきた野村氏の監督就任に、渡辺恒雄会長が首を縦に振るはずはなかった。結果、読売系列の日本テレビで解説者を務めていた山本氏に白羽の矢が立ったのだ。
一方、野村氏にはWBCで指揮を執りたい別の理由もあったという。
「06年オフの日米野球で、当時は楽天監督だった野村氏が全日本の監督に就いたんです。ところが、大会前に出場辞退者が続出する不運もあって、5戦全敗という無残な結果に終わった。アメリカベンチから野村監督を揶揄する声まであり、それが本人の耳にも入ったといいます。大会終了後には、『利害、損得じゃなくて、名誉、誇り、奉仕の精神が欲しい』と責任回避的なコメントを出しましたが、実は悔しがっていて、人知れずメジャーへのリベンジを誓っていたんです」(スポーツ紙デスク)
そんな思いも浩二ジャパン誕生で断ち切られた。「文藝春秋」では、
〈WBCが真の世界一決定戦と言えるかどうか微妙なところでしょう〉
との発言もあり、監督打診がなかったことへの怨念かと邪推してしまう。
「シャイな方なので、自分から『やりたい』とは言わないですが、とにかく野球が大好きですから、監督のオファーがあれば幸せなことだと考えるでしょう。ただし、前回大会に関しては就任に色気があったと思いますが、今回の発言は半分シャレ、半分本気といったニュアンスでしたね」(前出・二宮氏)