NHKの大河ドラマ史上歴代NO1の平均視聴率39.7%を誇るのが87年放映の「独眼竜政宗」(以下「政宗」)。脚本を手がけたジェームス三木氏(77)が、みずからヒットドラマの最終回秘話を解き明かしてくれた。
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まずは、「政宗」の最終回を振り返っておこう。母親に愛されないばかりか、幼少時代に殺されかけたトラウマを持つ初代仙台藩主・伊達政宗。晩年、ともに暮らすようになっても2人の関係はしこりが残ったままだった。
政宗が親子の葛藤をようやく克服したのは、死の直前の場面だった。政宗は死の床で、子供の頃の優しかった母の姿を思い出し、わだかまりが全て解け、息を引き取るのだ。
今までの大河では考えられないこのラストシーンこそ、「政宗」ヒットの秘密が隠されていると言っていい。
ジェームス三木氏がこのラストシーンを振り返る。
「それまでの大河ドラマの主人公といえば、英雄・偉人ばかり。でも、もうやり尽くされていて新鮮味がない。そこであえてローカルヒーローの伊達政宗を主人公に据えたんだ。そして、等身大の人間として、母親への愛情に飢えた悩める武将・政宗を描いてみた。コンプレックスを抱えた人間味のある政宗像が多くの視聴者の共感を得たのだと思う。
今から考えれば、この頃から視聴者が求める主人公像が変わりつつあった。英雄や偉人より、寅さんみたいな人間味のある主人公が求められる時代になっていた。それと大時代的な英雄や天才のドラマに、視聴者も飽き飽きしていたんだろうね。視聴者も『英雄や天才は実在しない。歴史はしょせん、勝者が好き勝手に捏造したものだ』ということに気がつき始めていた。政宗のヒットはそんな時代の変わり目を、うまく捉えることができたのが理由でしょう」
「政宗」はNHKが行った「もう一度観たいあの番組」でも大河ドラマ部門で第1位を獲得するほど、“記録”だけでなく“記憶”にも残る名作となり、現在の大河ドラマのベースとなっている。
「『政宗』が始まった頃は、大河ドラマの視聴率が悪く、もう大河ドラマはやめようという声がNHK局内でも上がっていた。ところが、『政宗』がヒットして、大河ドラマと地域興しのイベントやプロモーションが結び付くきっかけにもなった。このあと続く『武田信玄』『毛利元就』などとともに、結果的にご当地大河ブームの先駆けとなりましたね」
しかし、特大ヒットしたとはいえ、「政宗」にも大河ドラマならではの気苦労が絶えなかった。
「大物俳優が勢ぞろいしているだけに、オープニングのキャストのクレジットの順番の調整も大変だった。主役の渡辺謙がトップ。トメは秀吉役の勝新太郎。そうすると、父親役の北大路欣也、母親役の岩下志麻をどうするかでモメた。その結果、勝さん、岩下さんの2人が出る放送回がなくなってしまった(笑)。本末転倒もはなはだしいよね」
さらに、「政宗」から遡ること2年前、最高視聴率55.3%を記録した沢口靖子の出世作でもあるNHK連続テレビ小説「澪つくし」(85年)は、高視聴率がゆえに、ラストシーンにとても苦労したという。
「『澪つくし』は、ロミオとジュリエットのような純愛ドラマ。最後に沢口靖子と相手役の川野太郎が再び結ばれるかどうか、視聴者からも賛否両論の意見が寄せられ、最終的には『2人が一緒になるであろう』というニュアンスで終わるラストシーンになった。高視聴率ゆえの悩みでしたね」
2人を襲う悲劇の数々。天国と地獄を味わう主人公に一喜一憂した読者も大勢いたに違いない。
「ドラマとは、人間の対立、葛藤、トラブル、モメ事を描くこと。人間はとにかくトラブルが大好き。その心の機微に触れることができれば、ドラマは当たる」
さらに、ヒットの秘密をこうも語る。
「ドラマが完成するのは、番組の中ではなく、視聴者の心の中で完成する。だから、あまり説明しすぎちゃダメ。説明7割、想像3割が、僕の理想だね」
人気ドラマの最終回は、視聴者に余韻を残すのである。