9回表裏の攻防が、この試合のクライマックスとなった。2009年第91回大会3回戦の明豊(大分)対常葉橘(現・常葉大橘=静岡)との一戦である。
明豊の主軸は3番を打ち、遊撃手・三塁手・投手を兼任し、この年のドラフト上位候補にも名が挙がっていた今宮健太(福岡ソフトバンク)。対する常葉橘は最速146キロを誇るプロ注目の本格派右腕・庄司隼人(広島)がエースとして君臨。当然のように試合はこの2人の対決がその勝負のカギを握ることに。そして今大会屈指の好勝負となったのである。
試合は初回から動いた。1回表、明豊は1死後から3安打に1四球を絡めて幸先よく2点を先制。これに対し、常葉橘は3回裏に明豊の先発左腕・野口昴平を攻め、5本の長短打で一気に4得点。4‐2と逆転に成功する。
ここで明豊ベンチは先発の野口をあきらめ、ショートを守っていた今宮に早くもスイッチ。3回裏途中、アップもしていない状態での緊急登板だったが、3球連続直球を投じ、7番・稲角航平を3球三振に仕留める。その2球目は147キロ、3球目は150キロを計測する圧巻の投球だった。
ところが続く4回裏、今宮は安打と死球から1死二、三塁のピンチを招いてしまった。ここで3番を打つ庄司に左前適時打を浴び、この回も2失点。明豊は前半で早くも2‐6と劣勢に立たされてしまったのだった。 それでも5回表に1四球と2安打でチャンスを作ると4番・阿部弘樹が中犠飛を放ち、なんとか1点を返すことに成功。あとは投手・今宮が常葉橘打線に得点を与えず、その間になんとか同点に追いつきたいところであった。
今宮はチームの期待通りに力投。5~7回を被安打1、5奪三振、無失点に抑える。するとこの力投についに打線が応えた。8回表に1四球と3本の安打を絡めて2得点。5‐6と1点差に迫ったのだ。8回裏に今宮が2死二塁と追加点を与えそうなピンチを招くが後続を一ゴロに抑え、常葉橘に得点を与えなかった。そして試合は土壇場9回の攻防へと移っていくのである。
迎えた9回表、明豊は先頭の2番・砂川哲平がライトへの三塁打を放ち、一打同点という絶好の場面を作った。ここで打席に向かったのが3番・今宮である。今宮はこの日、4度打席に立ち、四球、四球、中前打、二塁打と全打席出塁。当然、勝利まであと3人と迫っている側からすれば、勝負を避けるのもやむを得ないケースだった。だが、ここで常葉橘のエース・庄司が選んだのはなんと“男と男の真っ向勝負”。初球、145キロの直球はファウル。2球目、146キロの直球もファウル。3球目、147キロの直球はボール。庄司が投じたのはすべて145キロ以上の直球であった。
ここから2球ファウルが続いた6球目。庄司が投じたのはまたも直球。試合後に「そういう性格の投手というのはわかっていた」と語った今宮はこれを狙い打ちし、ライト前へと弾き返す。6‐6。明豊がついに追いついたのだった。しかし、続くチャンスは庄司の力投で生かせず、この回は同点止まりとなる。
その裏、今度は2死から常葉橘の2番・小泉泰樹が一塁内野安打で出塁。3番を打つ庄司に打席を回す。そしてこの場面、明豊のマウンドを守る今宮は“勝つために”冷静であった。庄司との初対戦となった4回裏の打席で153キロの直球を左前適時打されていることもあり、フォークから入った。その後、直球、スライダーで1ボール2ストライクとなり、最後に投じたのは内角の厳しいコースへの139キロ直球。狙い通り庄司を二ゴロに仕留め、試合を延長戦へと持ち込んだのである。
決着がついたのは延長12回だった。明豊は1死後から遊撃内野安打、三振振り逃げ、死球でチャンスを拡大し、1番・平井徹の二ゴロの間に勝ち越し。明豊は11回から3番手で登板した2年生右腕・山野恭介が常葉橘に反撃を許さず、8‐6で逃げ切ったのであった。
この試合の注目はやはり今宮と庄司の対決であろう。9回表の庄司は勝負にこだわり、今宮に痛打された。その裏、打席に入った庄司は自分と同じように真っ向勝負を期待したが、今宮がこだわったのは“勝利”だった。なぜか。実はこの大会、明豊には絶対に負けられない相手がいた。超高校級左腕・菊池雄星擁する花巻東(岩手)である。明豊は春の選抜の時に0‐4で敗退しており、そのリベンジを狙って甲子園に帰ってきたからだ。
同じこの日の第3試合でその花巻東が快勝。続く準々決勝でついに因縁の対決が実現したのである。その試合は明豊、花巻東どちらも譲らず。延長戦に及ぶ死闘のすえ、またしても花巻東が勝利したのであった。
(高校野球評論家・上杉純也)=敬称略=