渡辺会長は松井氏にケンカを売るかのように「反松井」放言を連発。落合氏の指導者としての手腕を高く評価し、イチロー(39)をほめたたえた。
昨年3月、メジャーリーグの日本開幕戦を主催した渡辺会長はウェルカムレセプションでイチローと会食。その時のことをこう明かしている。
「巨人の監督になってくれって頼んだよ。でも『今は選手に徹する』と言われた。イチロー君の哲学、美学、心理学、経営学、政治学の全てが論理的だ。あれほど頭のいい選手に会ったことがない」
まさに絶賛である。さらに同年8月に出演したラジオ番組でも、イチローと松井氏のどちらを指導者として迎えるかと問われ、
「俺はイチローかな」
それが引退と同時に、過去のわだかまりなどなかったかのように手のひらを返した形で接近してきたのだ。こうしたドロドロの裏交渉劇の中、大人の対応で引退式に臨んだ松井氏の胸中にはいかなる思いが去来したのか─。
さりとてプロ野球ファンとしては、渡辺会長のやり方はともかく、「松井監督」のユニホーム姿を見たくないわけはない。スポーツライター・飯山満氏は言う。
「松井の野球観、野球論を聞いた人はあまりいないと思いますが、実は田尾安志氏の打撃理論に感服しています。ヤンキース1年目、松井は『ゴロキング』のありがたくない称号を得るなど、深刻な打撃不振に陥りました。ちょうどその時、田尾氏がバットの軌道に関する的確なアドバイスとも言えるコメントを、とあるマスコミに出したんです。それを読んだ松井は日本のメディアに『田尾さんによろしくお伝えください。たいへん参考になりました』と感謝のメッセージを託した。もし松井監督が誕生するなら、田尾氏に参謀就任を要請するかもしれません」
そして予想されるのは、ヤンキース式スモールベースボールの展開。ランナーが出ると右方向に進塁打を打つなどの、松井氏が仕えたトーリ元監督の野球である。飯山氏が続ける。
「巨人の大砲主義から脱却できるかもしれません。森祇晶氏は『一流の監督に教わらないと一流の監督にはなれない』と言った。松井は星稜高校の山下智茂監督、長嶋監督、ヤンキースのトーリ監督、エンゼルスのソーシア監督といった名将に教わりました。そしてソーシア監督のように、ミーティングを重視するのではないか。教えるのではなく発言させる、選手に考えさせるミーティングです」
松井氏の心境を察すれば察するほど、ファンの思いは複雑である。