選ばれし特別なスターだけが味わえる国民栄誉賞受賞の大イベント。そんな晴れの舞台で、それでもミスタープロ野球の右手は封印されたままだった。いや、「公開」する計画はあったものの、あえなく「幻のパフォーマンス」となってしまったのである。その知られざる内幕とは──。
左手で握られたバットが高めの球を捕らえ切れず、まさに空を切らんとするその時、テレビ中継の瞬間最高視聴率は18.5%を記録した。5月5日の東京ドームでの国民栄誉賞授与式の感動は、今も冷めやらない。
一方で、何か消化不良的なスッキリしない気分が残ったのもまた事実だった。原因は、巨人軍・長嶋茂雄終身名誉監督(77)の右手が、あの一大国家行事に際してもポケットの中に入れられたままだったことだ。始球式で、ともに受賞した松井秀喜氏(38)の投球に対し、左手一本でバットを振ろうとしたある種の悲哀は、「太陽」と言われた国民的スターにはやはり似つかわしくない。
04年3月、脳梗塞に倒れたミスターには、右半身の麻痺と言語障害の後遺症が残った。今も続けられる懸命なリハビリをもってしても、右手はいまだ不自由なまま。人前に出る際は必ず、ズボンのポケットに入れた状態だ。国民栄誉賞授与イベントでは、始球式の打席はもとより、安倍晋三総理(58)から記念品の金のバットを受け取る際も、あるいは受賞演説を行う際も、ポケットの中だった。その姿にネット上では「総理大臣もいるのに失礼ではないか」などの批判的な書き込みがされたのも事実である。
古くからミスターを知るスポーツ紙デスクが言う。
「麻痺が残った状態の右手は人前では出さないと決めている。ファンのイメージ、夢を壊したくないからです。以前よく言っていたのは『長嶋茂雄が長嶋茂雄でいるのは大変なんですよ』というセリフだった。『職業=長嶋茂雄』なんですよ。不完全な姿は見せられないということですね」
4月16日、菅義偉官房長官(64)がミスターと松井氏の国民栄誉賞W受賞を正式発表。その後、始球式で打席に立つことが決まると、ミスターは「特訓」を開始した。読売グループ関係者が明かす。
「当初は両手でバットを握って振るつもりでした。こうして腕をスーッとやったらカッコいい、というイメージトレーニングを行ったのです」
病に倒れた当初から通っている都内のリハビリ専門病院では、よりいっそうハードな筋力トレーニングに挑んだ。歩行マシンの上で歩くペースを上げ、3キロの鉄アレイも使う。理学療法士に体を支えられながらの腕立て伏せ(もちろん右腕を使って)も、常人でもキツイようなスピードで行われた。
だが、いざバットを握るとなると、問題は別である。長嶋家に近い関係者が表情を曇らせて言う。
「右腕、右手にはいまだ力が入らないのです。ダラッとした、あるいはブラブラしているとでもいいますか。自力では腕を高く上げられず、5本の指もやや内に曲がったまま、簡単に伸ばせないのです。ジャンケンができない状態ですね」