走者の盗塁を阻止するため、投手が投球動作を小さく、素早くした「クイックモーション」。プロ野球において「クイックモーション」の起源には諸説あるが、江本孟紀氏が8月8日、高橋慶彦氏のYouTubeチャンネル〈よしひこチャンネル〉に出演し、自身のクイックモーション修得の舞台裏を明かしている。
それは南海時代のこと。野村克也氏が70年から選手兼任監督に就任。打撃面では72年に7度目の打点王を獲得するなど衰えを見せぬ一方で、捕手としての盗塁阻止率が4割を上回ったのは76年だけ。3割を切ることもあった。江本氏がボヤく。
「クイックはあの頃ね、野村さんが始めたって言ったけど、そうじゃない。アンタの肩が弱いから、ピッチャーがみんなクイックで放る練習したんだよ」
パ・リーグでは73年に、前期と後期の1位チームが対戦して日本シリーズ進出を決める「プレーオフ制」を導入。江本氏が野村氏の弱肩を指摘する一方で、南海は阪急とのプレーオフを制して、巨人との日本シリーズへとコマを進めた。その裏には、前年に106盗塁の日本プロ野球記録を作った福本豊(阪急)の盗塁を野村氏が2度も刺したという事実もあったと、江本氏は言うのだった。
(所ひで/ユーチューブライター)