映画「とら男」は、30年前に起きた「金沢スイミングコーチ殺人事件」を、かつての担当刑事である西村虎男氏が本人役で主演する、ドキュメンタリータッチのミステリーだ。
今は廃止されたが、時効制度によって15年前に迷宮入りし、犯人は永久に「無罪放免」となった。西村氏にとって、32年の刑事人生で唯一の迷宮入り事件である。物的証拠が多数ありながら、犯人逮捕に至らなかったのはなぜなのか。西村氏が痛恨の表情で回想する。
「犯人は殺害後、被害者もろとも被害者の車を勤め先の駐車場へ戻すなど、不可解な行動を取っています。状況などから面識犯に間違いなく、被害者の身辺をきっちりと洗えば、早期に解決できる事件でした。が、初期の捜査ミスがあることに気付かないまま捜査を進めたことにより、無駄な年月だけが経過したのです。さらに大っぴらな見込み捜査を展開したことによって、特定の人物を名指しして『あの人が犯人だけど、警察は検挙できなかった」との心ない噂だけを世間に残したまま、15年の時効とともに捜査終結宣言となりました」
西村氏は「世間に広がっている噂は違う」とはっきり言うが、それには確固たる理由があった。
事件発生から10年後、徹底して過去の捜査ミスを検証しつつ、「アリバイあり」として捜査線上から外されている者のアリバイ捜査が不十分であることを発見。「これは犯人に間違いない」と言えるまでの状況証拠を掴んだという。
「しかし、時効まで3年を残し、捜査に口出しのできない留置管理部門への異動となったのです。私が導き出した捜査を引き継ぐ者もいないまま、事件は迷宮へと突き進んだ。今も心ない噂を信じ込んでいる人がいることを先日、知りました。真犯人は堂々と生きている。ただ、自分にテレビドラマ『相棒』の杉下右京のような知識はないにしても、度量があれば、この事件は違った展開になっていたのでは、と反省しています」
そう話す西村氏は、現在の刑事警察についても言及。
「最近の警察は組織捜査を重要視するあまり、個人の捜査能力がないがしろにされています。組織捜査の一穴にハマッて、長期未解決事件が増えているような気がするのです。今回の映画の中に、私が求めた刑事像を一部盛り込んだので、ぜひ見てもらえれば」
刑事の魂百まで。引退しても意気軒昂なのである。
上映は渋谷ユーロスペース(9月2日まで)、大阪シネヌーヴォ(8月27日から)、金沢シネモンド(9月16日まで)ほか、「とら男」公式サイトで確認を。