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20年来の“心友”が明かす 天才・武豊「屈辱からの逆襲」(5)

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 そんなとき、彼は一頭の駿馬に出会う。

 ダンスインザダークである。故郷の社台ファームにいた2歳時、初めて跨った武は、遠かったダービーのゴールが一気に近づいてきたのを感じた。

 96年6月2日の第63回日本ダービー。ダンスインザダークは単勝2.3倍の1番人気に支持された。武にとって、初めてのダービー1番人気の騎乗馬となったのだが、ゴール前でフサイチコンコルドにかわされ首差の2着に惜敗した。

「1コーナーまで折り合いを欠いたことが悔しい。その前のプリンシパルSで、もっと違った乗り方をすべきでしたね」

 ダービーの敗因は、ダービーのスタートからゴールまでの間にあるとは限らない。武は、今回の敗因を前哨戦の乗り方に求めた。当時、芝2200メートルで行われていたプリンシパルSで、本番の2400メートルでも折り合えるよう、道中もっとゆっくり走らせるべきだった、と考えたのだ。

 武はのちにダンスインザダークに関して、「三冠を獲りそこねた」と何度も繰り返している。それほどの逸材でダービーを勝てなかったことが、彼の、「ダービーに対する構え」というか、「ダービーの迎え方」を大きく変えることになる。

 翌97年はランニングゲイルに乗り、5着。

 ──武豊はダービーだけは勝てない。

 いつしかそう言われるようになり、それは本人の耳にも届いていた。

「毎年ダービーが近づくたびに言われるのは、やっぱり嫌なものですよ」

 また、ダービーだけは、レースが終わると気持ちに区切りがついてしまい、

 ──さあ、来年に向けて頑張ろう。

 と思うのだという。

 武にとって、それほど特別なレースであり続けた「競馬の祭典」日本ダービー。ダービーを勝ちたくて騎手になったようなものなのに、それだけは勝てないなんて…。「勝ちたい」という思いは、敗戦を繰り返すごとに強くなった。

 スペシャルウィークに出会ったのは、そんなときのことだった。

 97年11月、武は、新馬戦に向けた追い切りで、初めてこの馬に跨った。走らせてすぐ、底知れぬ能力を感じた。1マイルで104秒ほどの速いタイムを出したにもかかわらず、走り終えてもまったく息を乱さず、平然としている。

 ──こういう馬がダービーを勝つんじゃないか。

 彼は、あと一歩のところで栄冠をつかみそこねたダンスインザダークの背中を思い出しながら、ダービーのゴールが再び近づいてきたのを感じた。

 以来彼は、調教でも、芝1600メートルの新馬戦でも、芝1800メートルのきさらぎ賞でも、常に東京競馬場の芝2400メートルを意識して乗るようになった。過去のダービー勝ち馬が刻んだラップに近いペースで走らせながらエネルギーを溜め、長い直線で武器になる瞬発力を発揮できるような走り方を教え込んだ。ダービーを勝つための、武流の「英才教育」である。

 皐月賞は、荒れた馬場と先行馬に有利な流れに切れ味を削がれ3着に敗れた。

 それでも、ダービーの1週前追い切りと本追い切りで、瞬発力にさらに磨きがかかっていることを確かめることができた。

 ──ミスとアクシデントさえなければ勝てる。

 そう思った彼は、

「これ以上騎乗の癖や戦術などについては話したくありません」

 と、調教が終わるとまっすぐ帰宅した。

「自然体の天才」と呼ばれ、肩肘張らずに結果を出し続けてきた彼が、このときだけは変わった。

 98年6月7日、第65回日本ダービー。武豊・スペシャルウィークは単勝2.0倍の1番人気に支持された。

 出遅れ気味にスタートし、中団につけた。勝負どころで、武は何度も「慌てなくても大丈夫だ」と自身に言い聞かせた。そして直線、前をふさいでいた馬群に隙間ができた瞬間、一気に突き抜けた。

 5馬身差の圧勝だった。

 ダービーでの過去9度の敗戦を糧に、「子供のころからの夢」を叶えるための方法論を確立し、ついに初制覇を果たした。

 検量室前で、他馬の関係者やメディアの人間たちに拍手で迎えられた。ダービーならではのシーンだ。初めての「ダービーの味」は格別だった。こんなにいいものなら、また何度でも味わいたい、と思った。

◆作家 島田明宏

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