背中に刺青、懐にはピストル。くわえタバコでブランデーをあおり、「あほんだら、撃てるもんなら撃ってみい!」と啖呵を切るその姿は、どこから見ても筋金入りの極道一家の姐さんだ。80年代後半から90年代にかけて「極妻」ブームを巻き起こし、16作までシリーズ化。その10作まで主演を務めたのが、岩下志麻だ。
彼女が今年6月に配信された「婦人公論」のインタビューで、断捨離などについて語った記事を目にし、「昭和」「平成」という時代の移り変わりを改めて痛感したものである。
岩下は60年、映画「乾いた湖」(篠田正浩監督)でデビュー。その後、数々の名作に出演し、「極道の妻たち」シリーズ出演は、40代になってから。その岩下が吉永小百合と初共演した話題作が、96年1月に公開された映画「霧の子午線」(東映)だった。
物語は、学生運動の時代に、共に同じ男を愛した2人の闘士が二十数年後に再会。またしても一人の男を愛してしまう葛藤を描いたものだ。
この時点で、岩下の映画出演本数は113本。一方、吉永は105本。2大女優の初共演とあり、95年10月4日、東京・芝の東京プリンスホテルで行われた製作発表記者会見には、200人を超える報道陣が集まった。
2人は艶やかな着物姿で登場。口火を切った吉永は、
「岩下さんとふたり、力を合わせて、これぞ大人の女の芝居をやっていきたい」
穏やかな口調で意気込みを語ると岩下も、
「年は私のほうがアレ(4歳上)ですけれど、映画一筋の吉永さんと共演できて、今からドキドキ、ワクワクしています」
お互いにエールを送るところから、会見はスタートしたのである。
2人が演じるのは、シングルマザーの苦悩を秘めながら、地方紙で活躍する新聞記者(岩下)と、人気アナウンサーを引退後、難病と闘いながら生きる、ちぎり絵作家(吉永)という役どころ。
吉永が「キスシーンもあります」と意味深に微笑むと、岩下はニッコリ。
「ただし、唇じゃないけど。でも、嫌いな女性とはできませんから。吉永さんなら愛せると思ったから」
そして、初共演に関して聞かれた2人は、
「吉永さんは、控えめで恥じらいを持った日本人女性らしい方。お目にかかって、ますます控えめなところが伝わってきて、さばさばしている私は反省するばかです」(岩下)
「岩下さんは私と正反対な性格で、自分にはない鋭利な刃物というか、あのシャープさはとても真似できません。そこがとっても魅力的です」(吉永)
ただ、笑顔の中でふと垣間見る静かな火花に、会場の空気がピリッとなる瞬間がたびたびあり、さすがに代表する大女優、と肌で痛感したことを記憶している。
「2大女優の初共演」という話題は先行したものの、映画の興行成績は今ひとつだったとされる。だが報道陣にとって、忘れられない記者会見になったことは間違いない。
(山川敦司)
1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。