「トラック野郎」シリーズを彩った女優の一人に、夏樹陽子(61)がいる。片平なぎさがマドンナの第5作目「トラック野郎 度胸一番星」(77年)で、女渡り鳥・マヤ役を好演。まだ映画出演3本目の新人女優だったが、一気に映画ファンに注目される存在となった。
「あれは本当に印象に残っている映画で、八代亜紀さんも初めて女トラック野郎役として出た作品なんです。そんなこともあって、今でも八代さんと会うと、その時の話が出るんですよ。私が(愛人役の)千葉真一さんを介抱しているシーンで、ちょうど八代さんの『恋歌』が挿入歌として流れるんです。それがすごく印象的で。そんなわけで、作品が出来上がった時には私もすっかりトラック野郎気分でしたね。今はデコトラなんてめったに見ないですよね。たまに出会うとうれしくなって、自分が乗っている車のクラクションを鳴らして手を振っちゃう。コンニチハ、って(笑)」
彼女にとっては、ファッションモデルから女優に転身してそれほどたっていない頃の作品だった。
「参ったのはメイクですね。とんでもなくバタ臭くって(笑)。時代の先端を行くファッションの世界では洗練されたメイクをしていたから、その違いにビックリしてしまいました。その時は、とんでもない世界に入ってしまったと思いましたね」
もちろん、監督とはこの時が初対面。だが監督然とした風情はなく、驚くほどに気さくだったという。
「『お、一緒にやろうな』って、私の肩を触りながら気軽に声をかけてくれて。スタッフに対してもそうでした。私は会うといつも『監督、お風呂に入ったの?』って聞いてましたね。ざんばら髪で、肩にフケをためているのを手で払ってあげてたんです(笑)。身の回りのことなんか気にしない人。で、日焼けか酒焼けかわからないような赤い顔で台本と赤ペンを持って、いつもニコニコしていました。私にとっては母性本能をくすぐるステキなオジサンさんだったかな。どなられたり怒られたりしたことは一度もなかったですね。『なっちゃんね、ここはこうで、こうして、思いっ切りやって』って、優しく演技指導してくれました」
監督という立場でありながら、女優が気安く声をかけることができる、愛すべき存在だった。
「女性を撮るのがうまい人だったと思います。監督は物事をその時の空気感で捉えて演出していくタイプ。理屈っぽい面はなかったですね。もちろん、ポイントでは思い切って当たっていきますよ。そういうアグレッシブなところもあったから、『トラック野郎』にはピッタリだったんでしょうね」
自然かつ巧みな女優の扱いが、名作を生んだのだ。