監督の寛容で温厚な性格は、こんなエピソードも生んだという。
「忘れもしない、初日は朝9時からの撮影開始なのに、文太さんが夕方4時か5時に来た。それまで延々、『文太さん待ち』だったんです。で、『おはようございます』と私が挨拶したら、文太さんは『オッ』と言って終わり。監督もスタッフもみんな、のんびり待っていて、『いつものこと』という感じでした。これが東映なのか、と‥‥」
さて、この作品には、シャワーを浴びる千葉に彼女が抱きつく激しいラブシーンも登場する。「トラック野郎」シリーズの中でも出色の色っぽさが際立つ。
「ファッションモデル時代は水着姿にもならなかったのに、その私がよくあの映画で‥‥と思いますね。まぁ、あえてモデルの道を捨てて、戻る道を断ち切ってきましたから、そのくらいの覚悟はできていました。でないと、できませんから」
監督に言われるままに演じたという彼女だが、
「女優としての経験がありませんから、一回一回、一生懸命演技していましたけど、(ラブシーン撮影の様子は)ハッキリ覚えていないなぁ。千葉さんを介抱して傷の手当てをしてあげるシーンは鮮烈に覚えているんですけど。あれは実は、私の発想だったんです。千葉さんの傷口を舐めたんですよね。母親のような感情が湧き起こってきて、こういう介抱のしかたはどうだろう、と。千葉さんは男臭さが廃れるからと、『マヤに助けられるのは嫌だ』って反対したんですけど、監督が『それ、いいね。男がほだされるのはすごくいい』と言って論議になったんです。最後は千葉さんも納得していました。そうそう、千葉さんには『陽子と浮気しても、妻と同じ名前だからバレないなぁ』と言われたりも(笑)。当時は『みんな、陽子には手を出すな』というお達しも出ていました」
彼女にとって「トラック野郎」とは何だったのか。
「映画人はみんな純粋ですしね。誰もが熱い気持ちで取り組んでいた。私は居心地のいい場所を見つけられたと思っていますね」
そう言って彼女は、女優を愛し、愛された鈴木監督の死を惜しむ。
「映画が終わってからも、監督にお手紙は出していましたけどね。でも晩年はお会いすることができなくて残念でした」
7月17日からは、池袋・新文芸坐にて「鈴木則文追悼映画祭」が催される。