小川範子といえば「はぐれ刑事純情派」(テレビ朝日系)で主人公・安浦刑事の娘ユカ役(88年~09年)を思い浮かべる人は多いかもしれない。が、実は彼女、6歳でオムニバス写真集「Little Angels 少女の詩」(世文社刊)撮影のため、劇団・東京宝映(現・宝映テレビプロダクション)に所属。その後、谷本重美という本名で、ドラマ「鉄道公安官」(79年)や「岡っ引どぶ」(81年)などに出演した。82年には、舞台「マッチ売りの少女」で主演を務めるなど、ユカを演じた時点では、芸歴ウン十年のベテラン女優として知られる存在だった。
そんな彼女の歌手デビューが、87年11月に発売された「涙をたばねて」(トーラスレコード)。耳障りがいい、可愛らしさと素直さを含んだ歌声、そして圧巻の歌唱力。それでいて、そこはかとない色香には妖しさも漂う。そんなアンニュイさもあり、この4大特典付きという豪華版デビューシングルは、約5万枚の売り上げを記録することになった。
ところが、1カ月後の12月25日、ファンの心を大いにザワつかせる出来事が起こる。それが同夜放送された「3年B組金八先生スペシャル6」だ。サブタイトルは「新・十五歳の母」で、その母こそが、小川の役どころだった。
小川扮する転校生・君子は、なかなかクラスメートに馴染めない。そんな中、親切にしてくれた男性生徒に好意を寄せるが、なんとその兄に無理やり性行為に及ばれて妊娠。こともあろうか、男性生徒に迷惑がかかると考えた君子は、誰もいない教室で自ら制服を破り、金八に乱暴されたと嘘をつくという、今思えば相当ぶっ飛んだストーリーだった。
しかし、6歳からの女優歴はダテではなかった。小川はその難しい役を見事に演じきり、視聴者に演技力の高さを見せつけることになったのである。
ちなみに、十五歳の母を演じていた頃、体調不良で嘔吐したことがあったものの「吐いたら急に元気になっちゃった、二日酔い? いいえ、つわりです」と余裕の表情で返答。男性のトランクスを称し「タヌキさんになっちゃう」と発言するなど、当時の「アイドルはトイレにもいかない」的都市伝説から一線を画す存在感を放っていた。
小川は長年出演した「はぐれ刑事純情派」シリーズ放送終了の05年7月、TBS社員で22歳年上の演出家と結婚。以後、芸能活動からは遠ざかっていたが、17年12月、歌手デビュー30周年を記念し、ベストアルバム「30th Anniversary Best」を発売している。
音源を聴き、ふとあの番組で見せた寂しげな彼女の表情が蘇る。歌声が心に染み入った。80年代に青春を過ごした世代には、お勧めの1枚だろう。
(大石怜太)