前回、殿の付き人として参加した、北野映画の思い出について書かせていただきました。で、数ある中でも、わたくし的に、最も思い出深いのが、北野映画10作目にあたる「Dolls」でした。今回は、そんな「Dolls」の現場で経験した“小さな地獄”について書かせてください。
同作撮影時、わたくしは殿の付き人になり5年目を迎えていました。さすがに5年目ともなると、殿とまったく喋れないといった感じではありませんでしたが、それでも、基本的には殿から聞かれたこと以外、口を開くことがほとんどない、まだまだたけし軍団カーストの中で最下層に位置する最若手の1人でありました。
で、「Dolls」の撮影準備が進む中で、わたくしは早々と、「引越し屋の若者A」といった、一言だけ「終わりました」というセリフのある役を殿から頂いており、「HANA-BI」「菊次郎の夏」「BROTHER」と連続して、“殿の付き人”というたったそれだけの理由で、北野映画に出演できる喜びをかみしめていたのです。
自分が出演するシーンの撮影当日、付き人でなく、一役者として撮影現場に入ったわたくしは、用意された衣装に着替え、メイクを済ませると、一度、北野武監督に「今日はよろしくお願いします」と挨拶を済ませ、ロケ先に用意された楽屋にて出番を待ちました。
この時、40代後半だと思われる「引越し屋の先輩役のオヤジ」といった方と楽屋が一緒だったのですが、その方、大変気合いが入っており、出番を待っている間、短いセリフを何度もぶつぶつと復唱したかと思えば、おもむろに腕立て伏せをやり出したりと、役者として、黙々と“馬体”を仕上げていました。
そんな“先輩役のオヤジ”を見ながら、〈なるほど、初めての北野映画出演のため、気合いが入っているのだな。その気持ち、よくわかる。ただ僕の場合は、すでに3本もの北野映画出演を果たしているため、緊張はしていても、少しばかりあなたより余裕がありますよ〉といった、今思えば“何を偉そうに”という、育ちの悪さから芽生えた優越感を心の中で抱きながら、出番を待っていました。
待つこと2時間、北野組の助監督の方が楽屋に入ってこられ「それではお願いします。現場へどうぞ」といった挨拶もそこそこに、「北郷さんは少しセリフが変わったので、こちらでお願いします」と、小さなメモ書きを渡してきたのです。