福原遥主演で現在放送中のNHK朝ドラ「舞いあがれ!」も、残すところあと1カ月ちょっと。61年に放送がスタートした朝ドラも今年で62年。思い起こせば長い歴史の中、様々な出来事があったが、中でも印象に残っているのが、95年放送の「春よ来い!」における初のヒロイン降板騒動だろう。
同ドラマは、NHKが放送70周年を記念し、「おしん」で62.9%というお化け視聴率を叩き出した脚本家・橋田壽賀子氏を起用。主演には当時、トレンディドラマなどで一世を風靡していた安田成美を起用し、94年10月にスタートした。
しかし、同局の思惑とは裏腹に、関東地区での平均視聴率は、25.5%と歴代ワーストタイを記録してしまう。ただ、「おしん」も当初は、18%程度と低空飛行でのスタートということもありNHKも当初は余裕の態度を見せていた。
だが、放送開始から半年を経た95年2月8日、番組プロデューサーにより突然発表されたのが、主演である安田の3月いっぱいでの途中降板だった。
その理由は「肉体的・精神的疲労」というものだったが、朝ドラの長い歴史の中でも、ヒロインが途中降板し、代役が起用されるなど初めてのこと。さっそく、安田の事務所を取材すると、事実関係は認めたものの「担当者が不在」と、詳細についてはダンマリ。ただ、番組関係者によれば「食欲不振で睡眠も十分にとれなくなり、顔には吹き出物ができて、メイクで隠していた」そうで、「体重も5キロ近く落ちたため、これ以上の継続は無理だと判断したようです」という証言を得た。
ところが、3日後の10日、今度は橋田氏が記者会見を開き、NHKサイドの説明を否定した上で、
「安田さんの降板理由は、私の脚本が気に入らなかったことに尽きると思います。一面識もありませんでしたが、演技には惚れていたんですけど、人間まではわかりませんでした。女優さんが途中で(ドラマを)降りるなんてよくよくのこと。体調と仰らないで、脚本が理解できなかったと、本当のことをしゃべらせてあげたかった」
こう打ち明けたことで、上を下への大騒動に発展したのである。
取材を進めると、実はNHKでは安田をスムーズに降板させるため、体調不良で入院させることを画策。だが、7日のスポーツニッポンが安田降板をすっぱ抜いたことで、計画が未遂に終わり、急きょ、局側の会見となり、真実を知った橋田氏が10日に会見を開いたというわけである。
そこで長年TBSで橋田作品に携わるテレビマンに話を聞くと、同氏がひと言。
「結局は橋田さんが怖くて何も言えず、出演者との間にも立てなかったNHKの調整能力の欠如。作家も役者も表現者である以上、身勝手なのは当たり前。だからこそ、間に入る人間がうまくまとめなければいけない。そのまとめ方がNHK特有の、官僚的だったということですね。ウチの石井ふく子さんみたいなプロデューサーがいれば、まずこんな問題は起こっていませんよ」
思わぬことから官僚体質の弊害が明るみに出た、朝ドラヒロイン降板騒動だったのである。
(山川敦司)
1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。