宮沢りえ主演の舞台「アンナ・カレーニナ」が2月24日から「Bunkamuraシアターコクーン」で上演されている。同作はロシアの文豪、トルストイの長編小説が原作。19 世紀後半のロシア貴族社会を舞台に、政府高官の妻で社交界の華だったアンナが貴族の青年将校と駆け落ちし、娘をもうけるも、最後には自ら命を絶つという、波乱に満ちた物語だ。
18年3月に元V6の森田剛と再婚。今年4月で50歳を迎える宮沢自身も一人娘を持つ母親だが、その半生は貴花田(当時)との婚約や婚約解消に始まり、不貞疑惑、自殺未遂騒動、結婚、離婚、さらに拒食症の噂などなど、アンナに負けず劣らず、まさに波乱に満ちたものといえる。その原点が、91年に社会現象にもなった写真集「Santa Fe」騒動だったように思う。
宮沢は当時、18歳。通常、女優やタレントが「脱ぐ」決意をするのは、その大半が落ち目からの返り咲き、というのが業界のセオリーだ。しかし当時の宮沢は、名だたる大手企業のCMに出演する超売れっ子。つまり、あえて脱ぐ必要などなかったわけだが、母・光子さんの「撮るなら今、この時期しかない」という声を受け、篠山紀信氏が米サンタフェで1週間の撮影を決行した。
当初、宮沢親子は「数年後に発表したい」意向だったようだが、「(りえは)国の宝」と言う篠山氏の熱意により、すぐに発売になったという。
そんなこともあり、水面下では緻密な販促計画が練られ、それが発売直前における朝日・読売両新聞での驚愕の全脱ぎ全面広告掲載に繋がったというわけだ。特に読売新聞においては、それまでバストトップにつけていた★印を取り払った「歴史的広告」として、大きな話題になったものである。
そんな彼女が「Santa Fe」発売を前に、カナダでのテレビドラマ撮影を終えて帰国。ホテルで記者会見を開いたのは、91年10月21日である。会見には篠山氏と、版元の朝日出版社編集長も同席。100人を超える報道陣を前に宮沢は、
「ドーンと構えて撮ってもらおうと決心しましたが、今は100点満点、満足しています。早く人に見てもらいたいなぁ」
そうはにかむのだが、
「ヘアは写っているんですか」との質問には、
「それだけを注目されたくないです」
やんわりかわす余裕を見せ、ベテラン芸能記者を唸らせたものである。
結果、定価4500円の写真集は155万部の売り上げを記録。さる出版プロデューサーによれば、
「通常は著者のギャランティー(印税)は定価の10%だから、単純計算してりえ側の取り分は7億円。ただ、契約によっては10万部以上の増刷に関しては12%~15%という場合もあるので、そうなると10億円近くになる可能性もある」
それから32年。帰国後の会見で「もう写真集を出すつもりはない」と語った彼女はその言葉を守っている。だが、すったもんだの半生を生きてきたからこそ醸し出される彼女の、熟した「Santa Fe」もぜひ見てみたいと思うのである。
(山川敦司)
1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。