今年の海洋事故として大々的に報じられたのは、乗員・乗客全員が死亡するという悲劇で幕を閉じた、米オーシャンゲート社が運航する潜水艇タイタン号だった。約2時間半をかけて水深約4000メートルの深海まで潜水する予定だったが、船自体が水圧に耐えられず、事故を誘発したとされる。
タイタン号は水深4000メートルには到達できなかったが、それをはるかに上回る9000メートル超の地点まで潜ることに成功したのは、東京海洋大などの国際研究グループだった。今年4月、そして超過酷な環境に生息する深海魚を世界で初めて撮影したとして、ギネス世界記録に認定されたのだ。
このグループは日米豪の生物学や地質学など深海調査のエキスパートからなるチームで、アメリカの研究団体カラダンオーシャニックが所有する、1万1000メートル以上の潜航が可能な最新鋭有人潜水艇「リミティングファクター号」を駆使。約3時間かけて伊豆・小笠原海溝の水深9801メートル地点(暫定の水深)の海底付近に到達したのだ。
海洋専門メディアのベテランライターが解説する。
「今回の潜水テーマのひとつが、日本周辺の超深海で脊椎動物の生存限界を探ることでした。これまで世界最深で魚が確認されたマリアナ海溝は水深8178メートルですが、調査では魚の生存限界は水深8200メートルから8400メートルほどと推定されてきました。というのも、それ以上、水深が下がってしまうと、水圧によって魚の体を構築するたんぱく質構造が破壊され、生存が不可能になると考えられてきたからです。今回はマリアナ海溝よりも陸地に近く、深さ1万メートル超の海溝が存在する日本近海の海底で調査を行い、未知なる超深海に住む魚の実態調査をしたというわけなんです」
とはいえ、深さ1万メートルといえば、かのエベレストがそのまますっぽり納まる距離。グループのメンバーも半信半疑での調査となったようだが、結果、水深8336メートルの超深海で魚を撮影したことで、世界の海洋学研究者らの度肝を抜いたというわけである。
「撮影されたのは、クサウオ科に属するスネイルフィッシュという魚で、体長20センチ程度。映像では5匹のスネイルフィッシュが確認されますが、単純に考えて、水深8000メートル超では、海面の800倍以上の圧力が加わる。彼らの体は水圧から身を守るため、ゼラチン状の半透明なものでできているようです。とはいえ、こんな深海に魚が生息してたことは奇跡に等しい。今回の調査が、海洋生物の分野に大きな影響を与えたことは間違いありません」(前出・海洋専門ライター)
宇宙より謎が多いとされる超深海への、生物学者らのあくなきチャレンジは続く。
(ジョン・ドゥ)