「あれ、1回本番だよ。血を吐いたりするからさ…」
名取裕子主演の映画「吉原炎上」(1987年)で今も語り継がれる、仁支川峰子(当時は西川峰子)が最期を迎える壮絶な名シーン。豊かな上半身を晒した花魁・小花役の仁支川が髪を振り乱し、喀血。「ここ噛んで!」と絶叫するのだ。
俳優・演出家の丈(旧芸名・小野寺丈)のYouTubeチャンネル〈丈熱BAR〉で9月10日、仁支川は次のように回想した。
「これは1回でOK出さないと、2度3度はできないぞって。衣装も何枚も同じものがあるわけじゃないんだから、カーッと集中してやったら乗り移られたね。花魁でそういう思いをして亡くなられた方がいたんだね、強い思いの人が。憑依されたの」
五社英雄監督の「カット」の声がかかっても、仁支川はしばし呆然。状況を察した監督が慌てて革ジャンを脱ぎ、仁支川の肩にかけて「峰子ちゃん、大丈夫?」と揺り動かした。頭では撮影終了が分かっていても動くことができなかった仁支川だが、そこでハッと我に返る。映画関係者が言う。
「仁支川は憑依されたと表現していますが、役になりきるとはそういう意味かもしれません。古くは京マチ子が『雨月物語』(1953年)で、幽霊を好演。太地喜和子は『藪の中の黒猫』(1968年)で、妖艶な化け猫になりました。あるいは、大竹しのぶが『黒い家』(1999年)で猟奇的な殺人鬼に、満島ひかりは『愛のむきだし』(2009年)で破壊願望を持つ女子高生に変身した。いずれも難しい役どころで、憑依型女優と言われました」
ちなみに妄想膨らむ「ここ噛んで!」のシーン、叩いていたのは太腿の内側だと、仁支川は笑顔で言うのだった。
(所ひで/ユーチューブライター)