2回の優勝を誇る名門の復活によって、都市対抗野球大会は再び熱気を取り戻すことができるだろうか。日産自動車は先ごろ、野球部の活動を再開することを発表した。
日産野球部は1959年に創部され、都市対抗野球大会で84年と94年の2度優勝。西武や巨人で活躍した野上亮磨投手や横浜でプレーした高崎健太郎投手、広島で11年にわたってプレーした梵英心と多くのプロ野球選手を輩出した。そんな名門が休部したのは2009年。当時を運動部記者が振り返る。
「08年に起きたリーマン・ショックをきっかけに日産の業績は急速に悪化し、休部が決定しました。ただ、ブラジル人でフランス育ちのカルロス・ゴーン社長が野球に興味がないので休部にしたのではないか、という噂もありました。実際、野球部は休部したのに、日産自動車サッカー部を母体とする横浜F・マリノスは継続したわけですから」
それから14年、日産自動車は横須賀を拠点とする本体と、福岡県に工場がある日産自動車九州の2つの野球部を復活させる。クラブチームとして活動している日産自動車九州はベースがあるため24年に活動を再開させるという。
ゼロからのスタートとなる日産自動車野球部は25年に始動する予定。横須賀市にある追浜工場の敷地内、もしくは既存の敷地を活用し、クラブハウスやグラウンドを整備する方針。監督やコーチ、選手などのチーム体制は未定。
復活を決めた理由を日産自動車は「地域への貢献とスポーツ文化の役に立つため」「従業員の一体感を作るため」と説明。継続して活動を続けていくつもりであり、「2度と『休部』という言葉が出てこないようにする」と決意を新たにした。
野球部を復活させた実際のところをモータージャーナリストはこう見る。
「日産は今年、ルノーとの業務提携を見直し、出資比率を44%から15%に引き下げて、対等な資本関係としました。これにより日産はルノーの顔色をうかがうことなく、自由な経営をすることができる。野球部の復活はこれと無関係ではありません」
日産野球部が復活すれば、都市対抗野球大会は盛り上がることになりそうだ。運動部記者は、
「都市対抗野球にはホンダ、トヨタ、スバル、三菱自動車と多くの自動車メーカーが参加しています。トヨタは今年優勝し、ホンダは20年に優勝するなど活躍が目立ちます。名門・日産が戻ってくれば自動車メーカー同士の熱い戦いが繰り広げられることは間違いありません」
25年の都市対抗野球大会が早くも楽しみだ。
(鈴木誠)