アリ戦に備えたスパーリングパートナーに抜擢された藤原喜明が、世紀の大一番を振り返る。
「今になって考えると、引き分けでよかったのかもしれないね。俺は猪木さんが勝ったと思ったけど、元プロレスラーの遠藤幸吉さんが判定をアリの勝ちにしちゃった。試合後、『遠藤、ブチ殺してやる!』って会場中探しまくったけど、遠藤さんが悪役を引き受けてドローにしてくれたんだ。死人が出ないようにね」
どんな事態が想定されたのか。藤原がその舞台裏について続ける。
「アリ側は万が一に備えて50人からなるアリ軍団を引き連れてきたの。そのひとりひとりに役目があって、トレーニングパートナーだけでなく、猪木さんを精神的に追い詰める心理学者とかヤバそうなのもいた。当時の税関は、VIPは検査がなくて素通りだったから。俺はピストルの弾から猪木さんを守るのも役目だったの。試合後、控室で猪木さんは、独り大声を上げて泣いていた。それを俺が表で誰も入れないようにしてね。その涙、悔しさは、どれだけ真剣に取り組んできたかということですよ」
アクラム・ペールワン、ローランド・ボックなど海外で行った未知の強豪とのいわくつき対戦にも同行し、常に間近で猪木を見てきた藤原が感じた猪木のすごさとは‥‥。
「どんな戦いでも、怪我したらどうしよう、死んだらどうしようとか、一切考えない。覚悟を持ってリングに上がっていた。それに、カッとなると誰も止められなくなる。グレート・アントニオが舐めた態度を取ったらブチ切れて、顔面と後頭部へのキックとストンピングで戦意喪失させたこともあった。舐められないためにも、来日する外国人レスラーをリングに上げる前に行った俺と猪木さんしか知らないような決闘も3、4回あった。こっちの強さを知らしめておいて〝ヘタしたら殺される〟ぐらいの気持ちにさせるためだったんじゃないの」
藤原が猪木と最後に会ったのは亡くなる1年半前。YouTubeでの対談だった。
「その前に突然『藤原、お前は天才だよ』と言ってくれて。いい言葉だなと思って『もう1回言ってもらえますか』『天才だよ』『もう1回』そしたら『うるせえ』って。もう猪木さんみたいなレスラーは出てこないでしょう。時代が違うから。言葉は悪いですけど、ブラジルでの奴隷のような生活の話を聞いて、あの生活があったから力道山先生のしごきにも耐えられたと思う。猪木さんの遺伝子を持っているのは俺たちの時代が最後でしょうね」