中野良子は「野性の証明」においても、高倉との“秘めた愛情”を演じている。役柄は姉(二役)を殺戮事件で失い、さらに地方都市の不正を暴くために奔走する新聞記者の役。
「健さんが演じた味沢という男に惹かれてはいるけど、今は2人で過ごす幸せよりも、不正を暴くための時間がほしい‥‥。そんな感情を長セリフではなく表現するために、背筋をピッと伸ばしてみたんです」
中野にとって会心の演技だった。それができたのは、これが2度目の共演であり、何よりも「高倉健」が相手だったからと。
それから10年後、中野は結婚したことを高倉に報告した。翌朝、高倉からは祝福の言葉の代わりに、200本もの深紅のバラが贈られてきた。
「魂の深いところで健さんの思いが伝わってきました。亡くなられたと聞いた時、そうしたことが蘇ってきましたね」
当時の邦画界を席巻した「角川映画」に高倉が出演したのは、この1作だけである。80年代には降旗康男と組んで新たな路線を開拓するが、その嚆矢となったのが「駅 STATION」(81年、東宝)だった。
ここで高倉は、射撃のスペシャリストである刑事を演じる。物語は「駅」を舞台に、女たちとの出会いと別れをオムニバス風に描く。女優としてデビュー間もなかった烏丸せつこは、連続殺人鬼(根津甚八)の妹・すず子役を演じた。
「初めて顔を合わせた時、こんな新人の私にも深々とお辞儀をして『高倉です』って挨拶されたのよ」
夏と冬にまたがった北海道のロケで、何度か高倉に誘われて食事会に参加した。思ったよりも饒舌であることに驚いた。
やがて映画が完成すると、賛辞をもらった。
「烏丸くんの役が意外だが、ものすごく新鮮だ」
物おじしないことで知られた烏丸は、大阪での舞台挨拶で“仕掛け”を施した。檀上には高倉、烏丸、そして倍賞千恵子が並んでいたのだが──、
「今、この2人はウワサになっているんですよね」
満員の観客に向かっての発言に、高倉が「烏丸くん、困るよ」と狼狽する。
高倉と倍賞は、数々の映画賞に輝いた「幸福の黄色いハンカチ」(77年、松竹)や「遙かなる山の呼び声」(79年、松竹)に続いての共演である。その呼吸は本作で完成の域に達し、特に居酒屋での長回しのシーンは邦画界でも屈指の名場面とされた。
〈いっぺん見りゃ忘れないよ、いい女は〉
八代亜紀の「舟唄」が流れる店で、倍賞も粋なセリフを返す。
〈魚座と山羊座ってうまいこといくんだって‥‥だから合うのよ、私たち〉
烏丸の目には、それが芝居の中だけではないことが見て取れた。
「ただ、女性誌の報道が先行しちゃったから、それでうまくいかなくなった感じだったわね」
高倉の訃報に、今も倍賞千恵子の言葉は聞こえてこない──。