まさに驚きの大荒れ激走劇だった。
5月12日に東京競馬場で行われたGI・ヴィクトリアマイル(4歳以上牝馬、芝1600メートル)で、ブービー人気(15頭立て14番人気)のテンハッピーローズ(牝6歳)が1着に飛び込み、同レースでは歴代1位、GIレースでも歴代4位の記録となる単勝2万860円の大波乱となった。
ちなみに、この日のWIN5の的中者は1人だけ(的中数1票)。その払戻金は歴代4位となる4億4605万7430円(100円が約4億6000万円に!)を記録したのだ。
超大穴のテンハッピーローズは、なぜ激走したのか。その裏には、人馬ともにGI初制覇を懸けた鞍上、津村明秀(美浦、フリー)の尋常ならざる「執念」があった。
津村は今回のヴィクトリアマイルを含め、テンハッピーローズに6回騎乗している。とりわけ近走は5回連続で鞍上を任されているが、前走のGⅡ・サンケイスポーツ杯阪神牝馬ステークス(芝1600メートル)に向かう際、津村はオーナー(馬主)や調教師らを前に概略、次のように「進言」していたというのだ。
「僕はテンハッピーローズでGIを獲りたい。今回の阪神牝馬ステークスの着順の如何にかかわらず、次のヴィクトリアマイルにはぜひ出走させて下さい!」
まさに鬼気迫る懇願ともいえる。実はこの時、津村は阪神牝馬ステークスの同日に、中山競馬場で行われるGⅡ・ニュージーランドトロフィー(3歳、芝1600メートル)で、サトミノキラリ(牡3歳)陣営から騎乗依頼を受けていた。
サトミノキラリは津村騎乗で昨年暮れの2歳GI・朝日杯フューチュリティステークス(阪神・芝1600メートル)にも出走した素質馬。しかも、同馬を管理する鈴木伸尋調教師(美浦)は、津村が「師匠」と仰ぐ人物なのだ。
にもかかわらず、津村はサトミノキラリ陣営からの騎乗依頼を断って、テンハッピーローズとともに「西下」したのである。
言うまでもなく、競走馬の能力を肌身に感じて熟知しているのは、その馬の背にまたがるジョッキーである。ヴィクトリアマイルでのテンハッピーローズ激走の背景にはまず、苦労人・津村の並々ならぬ相馬眼と覚悟があったのだ。(後編に続く)
(日高次郎/競馬アナリスト)