1998年下半期、全日本プロレスでは現場の全権がジャイアント馬場から三沢光晴に移り、選手たちが自己主張する三沢革命がスタートした。一方で新日本プロレスは、アントニオ猪木が立ち上げた世界格闘技連盟UFOとの関係に頭を悩まされていた。
6月5日の日本武道館の控室でUFOエースの小川直也が新日本の坂口征二社長に殴りかかる事件を起こし、新日本はUFOとの絶縁を宣言。
UFOが10月24日に両国国技館で、新日本から完全独立の形で旗揚げ戦を行ったことで事態は沈静化すると思われたが、猪木は旗揚げ第2弾となる12.30大阪大会の発表記者会見で「UFOは誰でも上がれて、どんな試合をしてもいい自由なリング。橋本が小川にジェラシーを感じているなら、正々堂々と12月30日の大阪に出てきて小川とやればいい。小川は坂口とも決着がついていないし、柔道で決着をつけたらいいじゃないか」と新日本を巻き込む発言。ちなみに旗揚げ第2弾の大会名「文句があるならかかってこい」は、明らかに新日本を意識したものだ。
この猪木発言に坂口社長は「あまりにも次元の低い話なんで、口にもしたくない。何で俺と小川が戦わなければいけないの? 猪木さんには一連の騒動を水に流して協力しようという気になっていたけど、これでますます距離が広がった」と改めて絶縁宣言したが、現場サイドの永島勝司取締役企画部長が「UFOとはリング上で決着をつける段階に来ている。1.4東京ドームへの参加を申し入れる」と発言したから、事態は複雑化してしまった。
これを受けて猪木は「東京ドームを満員にするためには小川が必要だということだろう。会社全体で話をまとめて持ってくるなら話し合いのテーブルに着く用意はある。こっちには誰でも上がれるんだから、ドームの前に大阪に来てみろ」と応戦。東京ドームに小川を引っ張り出したい新日本と、UFOの大阪に新日本勢を上げたい猪木の駆け引きが繰り広げられた。
そして最終的には、新日本が1.4東京ドームでの新日本VSUFO全面対抗戦を正式に要請して猪木が了承。99年1.4東京ドームで橋本真也VS小川直也、ブライアン・ジョンストンVSドン・フライ、永田裕志VSデーブ・ベネトゥの対抗戦3試合が組まれた。なぜ、猪木は1.4東京ドームでの対抗戦を了承したのか? 猪木の〝真意〟は、橋本VS小川で明らかになる。
UFO問題は着地点を見つけたが、新日本はもう1つ火種を抱えていた。〝邪道〟大仁田厚だ。
11月1日、FMWの北九州市新日鉄大谷体育館大会で大仁田が「全日本、新日本に告ぐ! お前ら、この汚れた邪魔者の邪道をリングに上げることができんのか? それだけの器量を持った団体か、この邪魔者が見据えてやる!」と、メジャー2団体に宣戦布告したのである。
これは話題作りのアドバルーンではなく、大仁田は本気だった。95年5月5日の川崎球場で引退した大仁田だが、わずか1年半でカムバック。脱・大仁田、脱・電流爆破路線を目指していた新生FMWに居場所はなく、邪道最後の挑戦としてメジャー2団体をターゲットにしたのだ。
永島取締役企画部長は大仁田の真意を確かめるため、密かに大仁田に接触。大仁田は「長州戦が実現できるなら、ギャラはいらない」と答えたという。
永島は大仁田起用について会社の会議にかけたが「大仁田なんか使えない」「そこまで新日本を落としていいのか?」など、予想通りに反発を買った。しかし現場責任者の長州力は「プロモーター的には皆があっと驚くようなことをやるのがいちばん面白いんだ」と発言。これが決め手となって、大仁田の1.4東京ドームへの起用が内定した。
11月18日、新日本の京都府立体育館大会に大仁田が乱入。リングを占拠すると「俺は大仁田厚だ! 新日本のリングに挨拶に参ったぞ。俺を上げるのか、イエスかノーか、ここで返答しろ!」とマイクアピールすると長州の名前を連呼。新日本勢に取り囲まれる中、リングに上がってきた長州に果たし状を投げつけた。
長州はその紙を破り捨てると、大仁田の腹に蹴りを入れ、馬乗りになってパンチを連打! 大仁田はエプロンに転がり出ると会場から脱出して「狙うは長州の首1つ!」と、吠えて会場をあとにした。
この乱入劇について永島は「あれは大仁田が勝手にやったこと。ある程度は予期していたけど、あれは新日本流ではなく、大仁田流のやり方だよ」と言う。
長州はこの年の1.4東京ドームで引退したばかりで、大仁田と戦う意思はまったくなく、対戦相手に用意したのは愛弟子の佐々木健介だった。絶対に妥協しない健介がどれだけ大仁田をいたぶるのかという、残酷なファン心理を考慮したマッチメークである。
そして新日本の黒歴史となる99年1.4東京ドーム当日を迎える。
小佐野景浩(おさの・かげひろ)元「週刊ゴング編集長」として数多くの団体・選手を取材・執筆。テレビなどコメンテーターとしても活躍。著書に「プロレス秘史」(徳間書店)がある。
写真・山内猛