2021年に開催された東京五輪で、男子エペ団体が金メダルを獲得する大健闘を見せた日本フェンシング陣。年末の流行語大賞候補には「エペジーン」がノミネートされるなど、マイナー競技として捉えられていたフェンシングが、にわかに脚光を浴びることになった。タレントの武井壮が前任者の太田雄貴氏(五輪2大会銀メダリスト)から引き継ぎ、日本フェンシング協会の会長職に就いたのは、この年の6月だった。
当初、武井は要請を固辞。ただ、陸上の十種競技で日本一に輝きながら、アスリートとして知名度を上げることができなかった自身の経験を踏まえ、会長となることで「アスリートがたくさんの人に応援されて、自分の人生を豊かにすることができるスポーツ界を作りたい」との思いがあった。周囲に説得される形で、大役を引き受けたのである。
ところが就任1年後の2022年6月、男子エペ代表の沖縄合宿中、代表チームの選手たちが家族同伴で「私的観光」に興じていたことが発覚する。午前中にはヨガやバレーボール、午後からはビーチでバナナボートやシュノーケリングを楽しむ姿が写真付きで報じられると、「こんな観光旅行同然の合宿に、公費である助成金が使われるのは大問題だ」との批判が噴出。結局、協会が助成金(約204万円)申請を断念するとともに、武井会長も対応に追われることになったのである。スポーツ紙記者の話。
「武井は会長就任当初から、フェンシングをメジャー競技にしたいと、選手らを積極的にバラエティー番組に出演させるなど必死でした。とはいえ、五輪の活躍で世間の注目を浴びる中、それまでの環境とのギャップを自覚できない選手は少なくなかった。それが悪い意味で露呈した結果の『私的観光』スキャンダルでした」
言うまでもないが、合宿は集中できる環境に身を置くことで、練習内容の精度を高めることが目的だ。サッカーにしろ野球にしろ、家族同伴などありえないし、ましてや観光やレジャーを楽しむ、などという話は聞いたことがない。
報道を受けて7月3日、「サンデー・ジャポン」(TBS系)に出演した武井は「選手の名誉のため」と断りながら、家族同伴については「不適切」と認めた。その上で、次のように釈明。
「選手が『この日は休みたいね』って言った日に関しては、レジャーをしに行ったことは事実」
「(ウクライナから避難してきたコーチについては)家族との時間を作りたい思いがあったことはご理解いただきたい」
処分は考えていないと明言したのだが、案の定、「無責任の極み」「そんな言い訳が通るのか」などの批判が湧き上がる。
騒動から5カ月後の11月、日本フェンシング協会は任期満了による武井の退任を発表。これに「決してネガティブな理由での退任ではない」と語った武井だったが、なんとも言えない後味の悪さだけが残ることになってしまったのである。
(山川敦司)