約10年もの長きにわたる、新日本プロレス暗黒期のスタートとなった1999年1月4日の東京ドーム。
まず新日本の地盤を揺るがしたのは、第5試合に登場した〝邪道〟大仁田厚だ。
大仁田は前年11月、新日本と全日本プロレスの2大メジャーに宣戦布告。大仁田に極秘裏に接触した新日本の永島勝司取締役企画部長が、現場監督の長州力の承諾を得て社内の多くの反対意見を押しのけて参戦させたが、やはり新日本ファンの拒絶反応は物凄く、大仁田がパイプイスを手に、くわえ煙草で花道に姿を現すと6万2500人のファンから怒号と罵声が浴びせられ、さらには「殺せコール」まで沸き起こった。
大仁田は右膝の分厚いサポーターの中に、ジャックナイフをしのばせていた。もちろん試合で使うつもりで用意したのではなく、暴動が起こって大観衆に襲われる事態も考えて、護身用に用意していたのだ。そこまで腹をくくっていたのである。
長州が大仁田の相手に用意したのは愛弟子・佐々木健介。ガチガチの健介とどう戦うのか? 長州が仕掛けたトライアウトである。
試合は健介が一方的に攻め立てる展開になった。大仁田のイス攻撃を仁王立ちして受け止めるとラリアット、ハンマー、水平チョップ、張り手、膝蹴りでメッタ打ち。場外で本部席の上にパイルドライバーを食らったが、イスを頭と背中にフルスイングして逆襲。
もはや大仁田のいいところがないまま終わるかと思った瞬間、大仁田は何と健介の顔面に火を放った。この一瞬のインパクトにかけていたのだ。
特別レフェリーの山本小鉄により即座に大仁田の反則負けが宣せられたが、大仁田は「新日本ファンよ、新日本プロレスさんよ、こんなもんで反則負けか!? お前らの器量を疑うわい。いいか、これが俺の生き方じゃあ!」と絶叫。
終わってみれば、新日本は大仁田の邪道色に染められていたのである。
ドームがざわめく中、続いて行われたのが新日本VS世界格闘技連盟UFOの対抗戦3番勝負。永田裕志が三角絞めでデーブ・ベネトゥーに勝ち、新日本サイドとして参戦したブラアイン・ジョンストンがUFOと契約したドン・フライにTKO負けを喫して1‒1でいよいよ橋本真也VS小川直也を迎えた。
入場してくる小川は異様だった。完全に目がイッていた。試合が始まるとオープンフィンガーグローブで顔面にパンチを叩き込み、ロープに押し込まれると、ノールール系の大会でも世界的に禁止されている脊椎あたりを狙った危険な肘打ちを落とす。そしてグラウンドに引き込むと、マウントパンチから腕十字で極めにかかる潰しのファイトだ。
スタンドの体制から橋本が不意にタイガー服部レフェリーにキックを見舞ったが、これは「まともなプロレスの試合は成立しない」と判断した橋本が自ら反則負けになる、あるいは無効試合に持ち込んで強制的に試合を終わらせるための苦肉の策だったのだろう。
だが小川は止まらない。レフェリー不在のリングで脇固め、裸絞め、マウントパンチ、さらに寝た状態の橋本の後頭部を蹴り、踏みつける一線を超えた猛攻を浴びせ、橋本はエプロンの上で戦闘不能状態に。〝新日本の強さの象徴〟橋本が事実上KOされてしまったのだから、場内は騒然。ノーコンテストの裁定が告げられると怒声が飛び交い、小川の「もう終わりか!? おいおいおい、冗談じゃねぇよ! 新日本プロレスファンの皆様、目を覚ましてくださ~い!」という絶叫が東京ドームに響いた。
長州現場監督が「これがお前のやり方か!?」と血相を変えてリングに駆けつけて、小川に張り手を見舞ったことで両軍のセコンドの大乱闘に発展し、新日本勢に袋叩きにされたUFO側の村上一成(現・和成)が救急搬送されるアクシデントも生まれた。
その村上は後日、この日の小川について「自分がただならぬ空気を感じたのは、佐山(聡=UFO代表)さんがなぜか拳にテーピングをバリバリ巻いているのを見た時ですよ。それで小川さんに〝オーちゃん、行くよ、今日は。覚悟はできてるね〟って。最終的に〝これは何かとんでもないことが起こるぞ!〟と確信したのは、控室の鍵を閉めたことですね。完全にシャットアウトしてるんです。ガンガン、ノックされているんですけど無視ですよ。それで僕も〝いつでも行ける準備をしておこう〟と思ったんです」と語っている。
橋本は暗黙のルールを破って仕掛けてきた小川に対し「後ろで焚きつけている奴、許さないよ。遂に別れる時が来たよ、本当に。許さないぞ、アントニオ猪木!」と師匠への怒りを露わにしたが「仕掛けられた時に対応できなかった橋本もいかがなものか?」という声も少なくなかった。
禁断の大仁田厚に触れて邪道色に染められ、小川直也に一方的に潰された東京ドーム‥‥〝新日本最強神話〟は崩壊した。
小佐野景浩(おさの・かげひろ)元「週刊ゴング編集長」として数多くの団体・選手を取材・執筆。テレビなどコメンテーターとしても活躍。著書に「プロレス秘史」(徳間書店)がある。
写真・山内猛