医者なら何をやっても許される、と勘違いしているのか。
日本百名山のひとつ、谷川岳の麓ののどかな町で、とんでもない事件が起きた。群馬県みなかみ町の小学校で6月4日に行われた学校健診で、医師がいきなり約100人の児童達の下着をめくり、「ヘアが生えているかどうか」「胸の発育状態」を強制チェックしたのだ。
前代未聞の性加害に及んだのは、山梨大学大学院の医学工学総合研究部教授で、日本小児内分泌学会会長だったことがある大山健司医師だ。「内分泌」とは、体内で分泌されるホルモンのことである。大山医師は「性ホルモン」研究の第一人者で、「両性具有」という難病の研究をしていた。
みなかみ町によれば、集団健診を受けた子供や保護者は、大きなショックを受けているという。それでも筆者があえて「子供への性加害」と踏み込んで書くことには、3つの理由がある。
小学校の集団健康診断は厚生労働省ではなく、文部科学省が監督。「学校保健安全法」に基づいて行われ、その内容は同法に詳しく記載されている。同法で定められた学校集団健診の項目は、以下の通りだ
*身長、体重、座高、発達曲線と栄養状態
*脊柱や胸郭、腕や脚の疾病や異常の有無
*視力、聴力や異常の有無
*皮膚疾患の有無
*歯や口腔の疾病や異常の有無
*結核の有無
*心臓の疾病や異常の有無
*尿やその他の疾病や異常の有無
これを見てわかる通り、「下半身の診察」など盛り込まれていない。集団健診でこれらの項目を見落とさず診察するだけでもいっぱいいっぱいで、わざわざ下着をめくって見るヒマなどない。同法から逸脱した上に、児童のプライバシー保護、人権の観点から、集団健診におよそ相応しくない行為であったことは明らかだ。
大山医師が会長を務めていた日本小児内分泌学会のサイトでも、「性ホルモンの疾患が疑われる場合はまず身長、体重と発達曲線を見る」と明記されており、「いきなり性器を見る」ことは推奨していない。
5月27日の本サイト記事でも、集団健診で盗撮被害が相次いでいることに触れたが、今一度説明すると、診察と称して「子供を不必要に脱がせる医者」「胸や下半身をまさぐる医者」はヤバイ。
診察やワクチン接種に行く際に、子供に半袖や袖なしの薄手の下着を着せていけば、子供を脱がせる必要はない。今どきの薄手のブラトップやTシャツの上から背骨や胸郭の触診もできないなら、それはヤブ医者だ。
それでも脱がせる必要性があるというなら、信頼できる小児科医は子供の尊厳、気持ちに寄り添い、丁寧に説明するし、露出部位が最小限になるよう配慮する。もし説明を求めて逆ギレするようであれば、別の小児科を受診した方がいい。
話を戻すと、ヘアの診察に及んだ大山医師は6月7日、テレビ局各社の取材に対し、
「小学校の6年間は、成長と成熟のアンバランスを見ることがいちばん大事」
「毛が出てきてるか出てきていないか(下半身を見るのは)専門家の立場としては必要なこと」
「それで見つかる病気の人がいるから、しないよりはした方がいい」
と説明している。
この弁明についても、子供のホルモン治療薬を製造販売する外資系メガファーマの関連企業に勤務していた記者が、専門職として反論したい。
性ホルモン異常は、両性具有であれば約2500人に1人の頻度で見つかる難病で、専門医や製薬会社は発見が手遅れにならないよう、地方の小児科医に情報共有、啓蒙活動をしている。地方の小児科医が診断に悩んだ場合、すぐ専門家に相談できる窓口も設けている。
さらに性ホルモン異常の難病は突然発症することがあるが、多くは遺伝が関係している。「遺伝外来」などで妊娠中から検査し、胎児や新生児のうちに早期発見できるほど、診断技術は向上している。
元教授だろうが、医学界の重鎮だろうが、それは「過去の栄光」。最新診断技術にアップデートできていない老人に「性加害」に及ばれては、学校健診に真面目に携わっている小児科医や保健師、養護教諭にとって、迷惑この上ない。
複数の小学校から子供が集められ、他の子供や大人の視線が気になる集団健診会場で子供たちの下着をめくり「胸を見たい」「毛が生えているかどうか見たい」と発想すること自体が気持ち悪く、おぞましいのだ。
みなかみ町の教育委員会に今回の一件を性加害として刑事告訴しないのか、今後の対応を質問したところ、
「6月7日に保護者説明会が開かれ、その後の報道で子供と保護者が不安を抱いており、また関係各所に『風評被害』が出ているため、個別のコメントは控える」
という回答だった。
みなかみ町は群馬県内で最も面積が広い自治体で、18の温泉を有し、谷川岳ロープウェイを使えば初心者から上級者まで登山が楽しめ、ゴールデンウィークまで春スキーや春スノボを楽しめる。そんな風光明媚な町では町民約2万人に対し、年間出生数は100人と深刻な少子化に直面しており、町内への移住者を募っている。
もし同町教育委員会が、子供が受けた「精神的被害」や「卑劣行為」の追及よりも、医師や関係者を「風評被害」から守ることを優先するなら、山の子供達の自尊心とふるさとへの郷土愛だけでなく、将来的にみなかみ町で子育てを考えている若い移住希望者をも失うことになるだろう。
(那須優子/医療ジャーナリスト)