日本中が熱狂したパリ五輪は、数々の名勝負と人それぞれの感動を残し、まもなく8月11日に閉幕する。思えば3年前の東京五輪の8月7日。日本中の目が野球の決勝戦「日本VSアメリカ」に注がれた。日本の先発投手は、プロ2年目の広島カープ・森下暢仁だった。
試合の流れを決めたのは、3回裏に飛び出した村上宗隆の左中間席に飛び込むソロホームラン。森下はこの1点を守りきろうと思い、必死に投げたという。5回まで82球を投げ、被安打3で5つの三振を奪った。試合は2-0で日本が勝利し、初の金メダルに輝いた。
この試合はゴールデンタイムにNHKで生放送されたこともあり、五輪の競技種目では最高となる平均視聴率37.0%を記録した。ただ、パリ五輪では野球・ソフトボールが競技種目から除外されたため、これと同じ感動はやってこなかった。
今年のこの期間中、広島での主役はやはり森下だった。8月3日の中日戦。森下は投げては8回無失点、打っては5回に勝ち越し2点打を放ち、8勝目を挙げるとともにチームを5連勝へと導いた。
その5回に森下が決勝打を放った時の前打者(7番・矢野雅哉)のコメントが、今の森下の打撃状況をよく物語っている。
「しっかり走者を次の塁へ送りたかった。後ろが森下さんなので、つないでいけばなんとかなると思った」
今、カープでの森下の打順は9番ではなく、8番である。野手、投手を問わず、カープの50打席以上の選手の中で打率3割を超えるのは、森下ただひとりだからである。マツダスタジアムでは森下が打席に向かうたびに、スタンドのあちこちで「二刀流 森下」の文字が揺れる。
遡って6月25日のヤクルト戦、森下はヤクルト打線をわずか2安打に抑え、今季初完封(無四球)で6勝目を挙げた。しかも安打を打たれなかった回(7度)は全て3人で抑え、3塁も踏ませなかった。その間の投球数は、わずか91球。「100球未満での完封」は「マダックス」(メジャーリーグの往年の名投手の名に因む)と呼ばれる。この試合でも、彼は3打数3安打。5月4日のDeNA戦に続く今季2度目の猛打賞で、この時点で打率を4割2分9厘にまで上げている。
森下はバットを長く持ち、ミート&フォローの遠心力打法で、ボール球を振らない。私の観察によると、最もいい点は「打ちにいかない」ことである。言葉を代えれば「ヒットを欲しがらない」で、打てる球だけを確実にミートする打ち方なのだ。彼は「投げる、打つ、守る、走る」の全てを楽しみながら、全力でプレーしているように見える。
海の向こうでは来季に向け、大谷翔平が再び二刀流の準備をスタートさせている。しかし広島で二刀流といえば、森下のことを指す。パリ五輪が終わったら、また日米2人の二刀流を楽しみたい。
(迫勝則/作家・広島在住)