体重50キロの人がフルマラソンを走ると、単純計算で「42×50」で、約2100キロカロリーが消費されるという。ご飯1杯(約150グラム)でおおよそ240カロリーと考えると、5キロ走るとご飯1杯分が消費。五輪に出場するようなタイムで走るアスリートなら、そのカロリー消費量は推して知るべし。そんなことから、心身のバランスを崩す選手は多いといわれる。
2005年、名古屋国際女子マラソン(現在の名古屋ウィメンズマラソン)で、初マラソンとして鮮烈の優勝デビューを飾り、その年のヘルシンキ大会の代表に選ばれた原裕美子は、粘り強い走りで日本女子トップの6位に入賞した。
だが、その後は疲労骨折に悩まされ、1年超のブランクを作る。完治後、2007年1月の大阪国際ではぶっちぎりでマラソン2度目の優勝を果たし、同年9月開催の世界陸上大阪大会女子マラソン代表に、2大会連続で内定選出となった。
ところが18位に終わり、2大会連続の世界陸上女子マラソン入賞はならず。2008年1月の北京五輪女子マラソンの国内選考レースである大阪国際女子マラソンへの出場を予定するも、レース2日前に急性胃腸炎による体調不良でレースを欠場という不運に見舞われた。
その後の名古屋国際では4位にとどまり、北京五輪代表入りという夢が消え去ることになった。結局、この年には京セラを退社。だが底力を見せた彼女は、ユニバーサルエンターテインメントに移籍後の2010年8月に出場した北海道マラソンで、独走優勝。見事な復活劇がマスコミで大きく報じられた。
しかし、過剰な体重管理は彼女の体のみならず、心をも蝕んでいた。続発するケガで伸び悩む成績とストレスにより、1日に何度も食べては吐き…を繰り返す毎日。さらにコーチの誘いを受けてユニバーサルを離れた彼女を襲ったのが、給料未払いという裏切りだった。
その結果、彼女はどうなったか。競技生活で得た財産をほとんど失うと万引きを繰り返すようになり、なんと7回も逮捕されていたことが発覚したのである。スポーツ紙記者が回想する。
「2017年2月の6度目の逮捕後、弁護士の紹介で専門医を訪ねた原は、摂食障害のほかに『窃盗症』と診断され、専門的な治療を受けることになりました。マラソンという競技がいかに過酷で、選手たちの心身に多大な影響を与えるか。それが改めてクローズされた事件でもありました」
原は2021年に出版した自伝「私が欲しかったもの」で、当時の心情をこう綴っている。
〈またやっちゃった。なんでいつもこうなんだろう…。ボーっとした頭のまま、自己嫌悪に陥ります。イヤだ、やめたいと思いながら、食べ物を盗み、吐き出す。(中略)自分の中にもうひとりの別の自分がいて、心と体を支配されているような状態でした〉
スポーツ界のみならず、世の中に衝撃を与えたこの「問題発言」は、まさに彼女の心の叫びだったのである。
(山川敦司)