日本時間の9月3日、多くの観衆が見守る中、アメリカのネバダ州ラスベガスで「ホットドッグ早食い選手権」が行われた。
日本が誇る「ホットドッグ早食い王」の小林尊さんがタイトルを目指し挑戦したが、結果はかつて王座を明け渡したライバル、ジョーイ・チェスナットさんに返り討ちされることに。小林さんは試合後に引退を表明した。
かつてのフードバトルブーム時代は、日本国内では誰もが知っていた「小林尊」の名前。しかし、2002年に中学生が給食中に早食い競争をして、食物を喉に詰まらせる事態が発生。それが死亡事故に繋がったことで、徐々に国内の早食いバトルは勢いを失っていった。
しかし「ホットドッグ早食い」が1つのビッグイベントとして認知されている米国では、小林さんの名前は21世紀に入って以降、「知らない人はいない」と言われる程だったという。週刊誌記者が話す。
「MLBで現在、ヒューストン・アストロズに所属する菊池雄星投手が渡米後に『アメリカで一番有名な日本人』と言っていたのがまさに象徴的です。米国のスポーツ専門チャンネル『ESPN』のメイン番組に日本人として初出演したり、エディー・マーフィーやトム・ハンクスなど数々の名優を生み出した『サタデー・ナイト・ライブ』でアニメにさえなりましたからね。こちらが日本人だとわかると『コバヤシを知ってるぞ』と話しかけてくる一般人がいたほどです。ある意味、ドジャースの大谷翔平選手より全米では有名かもしれませんね」
そんな小林さんはすでに46歳。07年にチェスナットさんに敗れて「ホットドッグ早食い選手権」7連覇を逃したが、当時現れたこのライバルと今回は09年以来、15年ぶりの対決となっていたわけだ。
ここで、2000年代当時に小林さんを取材した前出の週刊誌記者が、当時の驚くべき姿を回顧する。
「長野県出身で三重県内の大学に通っていた経歴のある小林さんは当時、名古屋市住まいでしたが、初めて『ホットドッグ早食い選手権』を制した直後、自宅のマンションで気さくに取材を受けてくれました。ところが、インタビューを始める直前に『話しながら練習してもいいですか?』と言うんですよ。もちろん了承しましたが、すると大皿に大量の野菜炒め、余裕で5人前以上あったようですが、それを抱えて持ってきた小林さんがインタビューに答えながらどんどん食べていくわけです。1つ答えるたびに、皿の野菜がみるみる減っていくほどのもの凄いスピードで…。いわく、喉に流し込むように食べるらしいですが、取材途中に食べ終わりました。ご本人は練習では野菜を結構食べると話していたので、やはり健康には気をつけていると感心しながら、その量とスピードに圧倒された記憶があります」
残念ながら、今大会でライバルに引導を渡された形の小林さんだが、試合後の動画で「負けたから悔しくて戦いたい気持ちもあるが、ここ1試合に懸けてきた。これでリタイアしたい」と語った。まさに「お疲れ様」だろう。
現在の日本では存在さえ忘れられているフードバトルだが、大谷の活躍より20年も前に全米でその名をとどろかせた「小林尊」だけは忘れないでほしい。
(北山陽向)