「この人はけっこう有名人ですよ。マルチという言葉が始まった最初の頃から、もう出ていた方だったと思います」
2017年4月11日、参院財政金融委員会で共産党議員から、あるマルチ企業への対処を求められた麻生太郎財務相兼金融担当相が「有名人」と語った人物。それが1980年代に「マルチまがい商法」で大規模な被害者の会が結成されるなど、社会問題になった健康器具販売会社「ジャパンライフ」創業者、山口隆祥会長のことだった。
ジャパンライフは山口氏が1975年に設立。前身の「ジェッカーチェーン」が会員に大量の在庫を抱えさせ自殺者が出たことで、公正取引委員会は同社を「ねずみ講式マルチ商法」として行政処分を下した。
その結果、銀行取引中止により倒産し、山口氏が「訪問販売法」の網を巧みにかいくぐる形での事業展開を目指して設立されたのが、ジャパンライフだった。
すると好景気を背景に、瞬く間に急成長を遂げ、1980年時点で8億円だった売上高が、1983年にはなんとその50倍の450億円に急増したというのだから、驚くばかりだ。
「山口氏は別会社として『健康産業政治連盟』を設立。ここを通じ、同郷・群馬県出身の中曽根康弘氏や山口敏夫氏、社会党の山口鶴男氏などの与野党大物政治家にせっせと政治献金しました。その一方で、自社のパーティーにそうした政治家を呼んでは、会員向けの広告塔として最大限に利用していたんです」(当時を知る社会部記者)
だが1983年に、山口氏による6億円の所得隠しが判明。法人税法違反で告発され、社長からヒラ取締役に降格したのだが、驚くことに、後任社長には京都府警本部長や中部管区警察局長を歴任した、ねずみ講を取り締まる側にいた元警察官僚を抜擢する。その大胆不敵な手腕に、マスコミの目が注がれた。
1985年、マルチまがい商法が国会で追及されると、山口氏は会長を辞任。ただ、その後も1台数百万円の高額健康器具を購入すれば、それを同社が預かり、第三者にレンタルすることで毎月のレンタル料収入が得られるとして、「レンタルオーナー制度」なる手法で顧客を勧誘。手を変え品を変え、マルチまがい商法を展開した。
そんなジャパンライフの名を再び世間に知らしめたのが、2015年開催の安倍晋三首相による「桜を見る会」への、首相枠での山口氏の招待だった。山口氏はこれを信用付けに利用して被害を拡大させた、というのが被害弁護団の主張だが、警察OBを取り込んだ政界工作など、麻生氏が言うように、山口氏は政界でも超がつく有名人だったことは間違いなかろう。
(丑嶋一平)