自民党総裁選への出馬に際し、看板政策に「国民の所得倍増」を掲げたのは加藤勝信元官房長官である。
「日本の労働者の賃金は欧米に比べ、名目では2倍、実質では1.5倍の差がある。こうした状況が続いてよいと思うのでしょうか」
ところがその後の演説や討論を聞いていても、具体的にどんな方法で所得を倍増させるのか、その道筋がまったく見えてこない。しかも、だ。
「私の中に、安倍総理と一緒にアベノミクスを推進してきた、その精神が染み込んでいる」
今のいびつな経済構造を生んだアベノミクス継承を明言したのである。案の定、野党からは「またあの時と同様に、無責任発言か」と揶揄する声が上がる。「あの時」というのはコロナ禍の2020年5月8日、加藤氏が放った「誤解」を指す。
当時、厚生労働相だった加藤氏は記者会見で、これまで厚労省が表記してきた「37.5度以上の発熱が4日以上」という、新型コロナウイルス感染が疑われる人の相談や受診の目安について、次のように説明したのである。
「目安ということがですね、何か相談とか受診のひとつの基準のように、われわれから見れば誤解ですけれども」
厚労省としては都道府県などに対し、弾力的な対応を求めてきたと主張したのである。今までその基準で相談や受診を行ってきた保健所や医療現場からは「なにを今さら。フザけるな!」の怒号が飛び出す大騒動に発展。全国紙社会部記者が当時を振り返る。
「当時、現場では熱が37.5度ないからと(PCR検査を受けたくても)電話を切られたという患者が相当数いました。加藤氏は『誤解』だと言うが、そんな現状を知らなかったはずはない。ではなぜ、誤解を解く努力をしてこなかったのか。自身の責任を転嫁したような無責任発言に、保健所の職員らは怒り爆発でしたね」
にもかからず、衆院予算委員会で立憲民主党の枝野幸男代表から「責任転嫁だ」と厳しく批判された加藤氏は、
「責任転嫁、していないんですよ」
従来の目安については、
「新しい感染症の症状がよく分からない中で、専門家の判断をいただいて、数字を含めて決めた。それが『検査の目安』ではないかと受け止められていたので『違います』と各都道府県に通知を出した」
この発言が火に油を注ぐ結果となり、翌日の記者会見では弁明と陳謝を余儀なくされることに。
「保健所に責任があると申し上げているのではない。言葉が適切だったかは真摯に受け止めなければならない」
あれから4年の月日が流れたが、またもや「こうした状況が続いて…」という、まるで遠くからから俯瞰するような問いかけに、無責任さを感じてしまうのだ。
(山川敦司)